芸人最強社会ニッポン 書評|太田 省一(朝日新聞出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年11月18日 / 新聞掲載日:2016年11月18日(第3165号)

芸人の世界が見本市に 笑わせ方=コミュニケーションのとり方

芸人最強社会ニッポン
出版社:朝日新聞出版
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「ボケ」「ツッコミ」「ギャグがスベる」「セリフを噛む」……いずれも本来はお笑い芸人たちのあいだで使われていたのが、いまやすっかり一般に広まった言葉だ。いつだったか電車に乗っていたら、車掌が車内アナウンスをとちり、私の正面に座っていた小学低学年ぐらいの女の子がすかさず「あ、噛んだ!」とうれしそうに口にしていたのを思い出す。それももう、かなり前の話だ。

一体なぜ芸人たちの内輪の言葉が一般化したのか?太田省一『芸人最強社会ニッポン』は、その問いに一つの解答を与えてくれる。
太田は、現在の日本社会では、笑いがコミュニケーションにおける潤滑油というレベルを超えて、それ自体が優れたコミュニケーションになっていると指摘する。つまり、相手を笑わせることがコミュニケーションの成功とほぼ同義となっているというのだ。人々はもはや芸人を「コミュニケーション全般のお手本」と捉えてさえいる。とすれば、先にあげたような言葉が日常語になっているのも当然といえよう。

それにしても、どうしてそのような社会が成立したのだろうか。太田はこれについて歴史をひもときながら説明していく。
日本社会にはもともと集団への同調を促す力が強く働く「世間」が存在してきた。そこへ来て戦後のテレビの普及と総中流意識の高まりは、「テレビ的世間」ともいうべき全国規模の巨大な世間を生み出すことになる。

しかしバブル崩壊を経てしだいに格差感が強まり、総中流意識は揺らいでいく。それまでテレビを介して日本中で共有されていたはずの一体感や価値観にもズレが生じ始めた。そのなかで人々は、物事をゼロから説明したり、かみ砕いて伝える能力、すなわちコミュニケーション能力(コミュ力)を過剰に意識せざるをえなくなる。芸人がコミュニケーションの手本とされる背景には、こうした事情があるというわけだ。

日本においてコミュ力の前提とされるのは相手からの承認である。こちらの話や振る舞いが「ウケる」ことは、そのもっとも望ましい形の一つだと太田は書く。なるほど、それはたしかなのだろうが、私には正直いって、どんな場面でもいちいちウケるだのスベってるだの云々される社会というのは、しんどいものに思えてならない。

もっとも、コミュ力の優劣は必ずしもウケるか否かだけで決まるわけではないことも、太田は示唆している。たとえば出川哲朗やドランクドラゴンの鈴木拓は、複雑で高度なコミュニケーションを求めてくる社会の圧力に対し、それを無化してしまう芸人の強さを体現しているという。キャラの細分化が著しい芸人の世界はどうやら、多種多様な笑わせ方=コミュニケーションのとり方の見本市となっているようだ。
この記事の中でご紹介した本
芸人最強社会ニッポン/朝日新聞出版
芸人最強社会ニッポン
著 者:太田 省一
出版社:朝日新聞出版
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