沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語 書評|ディートリッヒ・ガルスカ(アルファベータブックス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年8月24日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3303号)

沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語 書評
未来と自由のための逃亡
忘れてはならない大戦とその戦後

沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語
著 者:ディートリッヒ・ガルスカ
翻訳者:大川 珠季
出版社:アルファベータブックス
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1956年、第二次世界大戦の結果、ドイツは東西に分断されていた。東は社会主義、西は資本主義。ハンガリーでは社会主義の圧政に対して反対派の武装闘争が勃発。が、多数の死傷者を出して敗北した。

東側にあるシュトールという町の高校生達が、西側のラジオ放送でそのニュースを知った。進学クラスに在籍していた男女20名だ。たまたま東側に生まれ育ってはいたが、彼らは圧政に反発を覚えていた。ロシアの脅威にも怯えていた。そこで誰言うとなく、この闘争の犠牲者に対して黙祷をしよう、ということになった。そして歴史の授業で、教師の質問にもまったく応えないという5分間の黙祷をやってのけた。その代償は大きかった。家族、校長、教師などを巻き込み、高校閉鎖にまで至る大事件となったのだ。

本書の著者はその高校生の一人だ。当時の関係者達にインタビューして、これが書かれた。映画化もされ「僕たちは希望という名の列車に乗った」というタイトルで日本でも公開されている。

政権は反発する者を根絶やしにしようとしていた。たかが5分の黙祷なのに、取調官は国務教育大臣である。首謀者は誰だ、そいつさえ差し出せばこの件は終わりにすると、飴と鞭の尋問が始まった。が、高校生達の団結は強い。有名サッカー選手の死を悼んで黙祷しただけで、首謀者などいないと言い張った。この体制が続くことは、将来ともに自由を失うことだとわかっていたからだ。しかし一党体制の社会主義はこれを許さない。大臣の権威にも関わる。クラス全員退学処分という厳しすぎる罰が下った。優秀な進学クラスだったのに、勉学の道を絶たれたのだ。

この頃まだ「ベルリンの壁」はない。女子を除いた16名の高校生達が西側へ逃亡した。東から西への逃亡や亡命は、このあとも止むことはなかった。若者が多かったという。

若者は体制側にとっても「未来」だ。党の存続がかかっている。あの手この手で連れ戻そうとした。うまくいかないとなると、1961年、ついに「壁」が築かれた。壁が破壊され、東西ドイツがまたひとつになったのは1989年のことだった。

今年7月、日本では参議院選挙が行われた。投票率は過半数を切った。ことに18歳、19歳の投票率が低かったという。政治に無関心でいられることは、ある意味、幸せなのかもしれない。しかしその環境がずっと続くという保証はない。気がつけばある日、自由も未来も奪われ、反抗すれば命さえ危ない、という体制に、この日本がなっているかもしれない。

そんなこと、あるはずがない、と若者達は笑うだろうか。いまから74年前まで、日本が軍国主義だったことを、多くの若者達が国家の命令で「死」に向かわされたことを、私達は忘れてはならないのだ。
この記事の中でご紹介した本
沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語/アルファベータブックス
沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語
著 者:ディートリッヒ・ガルスカ
翻訳者:大川 珠季
出版社:アルファベータブックス
以下のオンライン書店でご購入できます
「沈黙する教室 1956年東ドイツ— 自由のために国境を越えた高校生たちの真実の物語」出版社のホームページはこちら
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