竹久夢二詩画集 書評|石川 桂子( 岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年8月24日 / 新聞掲載日:2019年8月23日(第3303号)

石川桂子編『竹久夢二詩画集』

竹久夢二詩画集
著 者:石川 桂子
出版社: 岩波書店
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 あなたの生活に、詩はあるだろうか。営みや自然を切り取って表現することを詩作と言うのなら人々は皆、詩人になりうる。では詩作は何によって成るのであろうか。多くの場合、それは言葉によってであろう。しかしそれ以外の方法では詩を生み出せないのかと問われれば決してそうではない。絵画や彫刻、音楽によっても世界や気持ちを切り取って表現することはできるからだ。『竹久夢二詩画集』は一人の手によって成った絵と言葉の二つのタイプの詩で構成されている「詩集」である。

夢二の描く美人画は「夢二式美人」と言われ大正の時代を風靡し、現在では教科書に載るほどである。そんな彼が言葉による詩を書いていたことは意外に思われるかもしれないが、夢二はもともと言葉の詩人志望だったのである。ではなぜ絵による詩作が増えたのかと言えば、単純に彼にとっては世の中に受け入れられやすかったのが、絵の方だったからである。

夢二は過去を回想する中で「文字で詩をかくより形や色でかいた方が、私には近道のような気がしだして、いつの間にか絵をかくようになってしまった」(「私が歩いてきた道」)と言っている。「近道」というのは詩人になる近道だと考えて差し支えないだろう。彼は無意識のうちに絵による詩人の道に入っていったのである。

無論、言葉による詩作も続けており、著書五十七冊のうち三十冊に詩が含まれている。そのうち、純粋に詩集と言えるのは五冊のみで、それにも挿絵が含まれている。つまり夢二の言葉も絵も、彼の「詩」にとって切っても切れないものとして完成していたのではないだろうか。彼の逝去後、少女小説家の吉屋信子は「あの絵に付いた抒情詩には、どんなに影響されたでしょう」と述べている。

夢二の「書く」詩は、彼の「描く」詩と同じく恋愛を謳ったものが多い。けれども私には、ありふれた苦しみ、風景のあるがままを謳ったものの中にこそ、夢二の作品が持つ心の優しさ、切なさが表れるような気がする。本書において編纂された非恋愛詩群の多くは単行本未収録のものである。その中の一つで私が好きな、「青い海越えはるばると」という詩を挙げる。「単行本見収録詩篇から」の最初のページに見開きで載っているこの詩は、絹本墨書淡彩という黄土色の絹地に、墨で、上部に言葉が、その下三分の二を埋める大きさで、つぶらな目をした一匹の象が、抒情詩として描かれている。


 青い海越えはるばると

            夢二

青い海越え

はるばると

日本の島へ 

きた象は

何が悲しうて

泣きやるぞ。

かなしいのでは

ないけれど、

生まれ故郷が

なつかしい。

ただ端的に夢二が見たものを述べたこの詩は、シンプルだからこそ人にまっすぐに伝わると思う。夢二の絵としての詩も、言葉としての詩もその点においては同じである。世に溢れる装飾過多な婉曲した言葉や絵は本質が見えにくい。もちろんそれらの持つ詩の中にも素晴らしいものはある。けれどもいつも本当とは何かを探して回るのは疲れてしまわないだろうか。夢二の詩はいつも私のそばにあって、具象化されていなかったものを教えてくれる。読者は、夢二の詩に触れることで、気づかなかった自分自身に触れることができる、かもしれない。
この記事の中でご紹介した本
竹久夢二詩画集/ 岩波書店
竹久夢二詩画集
著 者:石川 桂子
出版社: 岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「竹久夢二詩画集」出版社のホームページはこちら
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