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更新日:2019年8月23日 / 新聞掲載日:2019年8月9日(第3301号)

「これは真意ではない」 「合意に満ちあふれた選挙」について

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七月冒頭朝日新聞が三回にわたり連載した「「安倍支持」の空気 2019参院選」は「変化望まない 自民でいい/若者 頼みは政治でなく自分」との副題を付されたその第一回が若干話題となったものの、とりたてて目新しい記述が認められたわけではない。この既視感の出処をある程度限定してみれば、『絶望の国の幸福な若者たち』(講談社・二〇一一)の著者が「次世代」的な立ち位置にいまだ身を置いていることに思い当たるが、この連載記事ではまた、古市憲寿への批判も読まれる『アンダークラス』(筑摩書房・二〇一八)のなかで「アンダークラスは格差の縮小と貧困の解消を強く求めている」と述べていた橋本健二が登場し、「格差が広がってもかまわない」と考え自己責任論を諾う割合がここ一〇年各所得層で増加していると指摘している。この連載への批判は種々あるとしても、しかしその内容をフェイク・ニュース云々と呼ぶ者は見当たらず、事実、紹介されたのはとりたてて稀な事例ですらない。この記事に既視感以上の不愉快を覚える向きは、むしろそれがオルタナ・ファクトでないから苛立っていたのではないか。

連載記事で取材された若者は概ねアベノミクスの恩恵とは無縁で、みずからの現状に不満を抱え将来に確たる期待も持てないでいる、にもかかわらず積極的でないにしろ「安倍支持」が次善の選択肢――最悪の結果だけは回避できるはずの――だと見做している。彼/女らが発言どおり先の参院選で自民党に投票したとして、このとき、デマが蔓延っていなければ、マスコミが彼是を報じていれば、ひいては正しい情報と正確な知識が普及していればと嘆き詰り、もしくは啓発などするに留まるなら、誤るだろう。むろん現在のマスコミはあるべき報道の態を成しておらず、正確な情報や知識が必要なのも論を俟たない。だが、その憤りが前提とするところの、それらが是正されれば彼/女らの錯誤は解けおのずとその行動も是正されるとの想定はあまりに安易にすぎる。

例えば、先の参院選の際にも「選挙に行こう」の類いの野党共闘路線を引き継ぐ呼び掛けが為された。ところで「選挙に行こう」とはいかにも「普遍主義」の空虚な主体――アイデンティティにスラッシュを引いた(白人/日本人)ヘテロ健常男性――にふさわしいスローガンだ。そこにあって言表されているのは民主主義の人員として正しいことのみで、投票なる行為はつねに具体的な名への投票であるにもかかわらず、みずからが票を投じる政党や候補者を微塵も他人に押しつけず、その選択肢を当人に委ねる極めて寛容な振舞いに徹している。けれどもこの正しさは決して間違えない、ストレス・フリーな正しさであり、仮に自民党が大勝したとしても些かも省みる必要がない正しさにすぎない。当然ながら彼/女らは野党の勝利を望み――だが野党とは?――そのことを隠していないものの、こちらを真意とすれば他方はそれを間違えない正しさのなかにオブラート寛容で包んだ言と捉えうる。そして両者のあいだの齟齬を埋めるのが、若者が選挙に行き全体の投票率が上がれば、共闘野党に利するはずだとの想定にほかならない。けれども事態はかくのごとくには運ばない。しかも今回の参院選は「選挙に行こう」の正しさすら危ぶまれる低投票率に終わった。そのとき、なおデマの払拭が不充分なことにその原因を求めれば――デマ根絶とリテラシー習得のうえで各々自由な選択に委ねるなら投票率は上がり、そしてだれしも野党に投票する云々――、情報管理統制と不可分離のフェイク・ニュース規制法の成立に縋りだし、自民党政府もほくそ笑むだろう。


この間野党共闘路線に最も積極的な日本共産党が先の選挙で「強制性交等罪の「暴行・脅迫要件」の撤廃と同意要件の新設をはじめ、性暴力の根絶につながる刑法改正を行います」と公約に記載したことが七月はじめに支持の声を伴い一部で話題となった。司法における性犯罪の取扱いの是正案としてこの方針が極めて拙いのは、反対した弁護士連も指摘するとおり、ここで罷り通るのは近代刑法の前提に反する「推定有罪」「疑わしきは罰せよ」で、「戦後レジームの脱却」どころでないからだ。この公約が参照したと推測される「性犯罪の罰則に関する検討会」での後藤弘子の発言「「正にこれこそ合意に満ちあふれた性行為である」という性行為がどういうものなのかというのもやはり考えていただいて、こういう合意がない限りは、性犯罪、性暴力であるという所から出発した上で、どこまで刑法の射程とするのかということを検討するということが必要ではないかというふうに思っております」はそのことをより明瞭に示す。

「主観的な合意」が排されているこの場合、明示的な合意を伴わないあらゆる性行為はなべて性暴力なのだから、起訴の有無問わず直接的な行為への言及、というか証言を欠くことはできない。故にそれを為すにあたり、やや古いネット・ミーム「ベロチューしようぜ」や「ねえ、セックスしよ!」(柴門ふみ『東京ラブストーリー』)等々誤解の余地を排した――より詳細な内容に及ぶ――確認が逐一要されるのみならず、それは事後的に参照不可能な秘められた了解でなく、双方にとっての他者のもとに登録された証言でなければならず、実際恐らく後藤はアファーマティヴ・コンセント・キットの類いを念頭に置いている。「基本的には全ての性行為は意に反している」との後藤の言は、この他者への登録‐証拠物件化を経ていない「秘事」は犯罪であり、申告を逃れた享楽は「意に反して」遺憾極まる盗みであるとの認識に即しており、付言すれば、どこかしら日本会議が讃えるような麗しい夫婦またはその予定者のあいだでの性行為を理想に想定しているかに疑われる。

精神分析的には父にあたるかの他者は合意された真意の申告を受け「よし」とする。ところで他者登録すべきでないもの怪文書
による「よし」の現代の実例として特筆すべきは菅義偉だろう。安倍政権内の失言や失策に対する懸念で人心穏やかならぬ折、ひと言「問題ない」の流通で以て事態をそのとおりに終息せしめ、登録すべきでないものは「それは真意ではない」と申告そのものを拒絶し、日々終わりなき秩序安寧に貢献してきた。そこで、なんとも味気ない書面での証拠物件作成に代わり「合意に満ちあふれた性行為」に際しては二人でボタンを押せばボイスレコーダー作動のうえありがたい言葉が発される「令和おじさん人形」が有効かもしれない。相対的に性行為の打診も含意されている可能性が高いものの、むろん必ずしもその限りではない誘い文句に同意するなら、二人で然るべきボタンを押して改めて確認する、「今夜泊まらない?」。すると「令和おじさん」が答える――「問題ない」。以下同様に「ベロチューしようぜ」「問題ない」等々と進行し、場合によってはもう一つのボタンが押される、「ねえ、騎乗位しよ!」――「それは真意ではない」。

だが、「秘事」など「推定有罪」が前提で、「令和おじさん」のごとき他者の加護を受けた安心で麗しい「合意に満ちあふれた性行為」でのみ罪を免れうる――「どんな秘事を欲望しているのか白状しないのは罪だ」――のがマイノリティが救われる新世界だと唆す恐るべき顔こそ、決して間違えないみずからのためにオブラート寛容に包んだ言葉で呼び掛けてくるやさしい顔に張り付いた裏面ではないか。事実、「自民支持の若者」や低投票率に対し「此奴らのみは自己責任で苦しめばいい」「義務を果たさない者には罰則を」と漏らす寛容な主体は珍しくない。オブラート寛容に包んでおいたその真意とたがう現実に際し、「これは真意ではない!」とばかりにみずからの猥褻――「我々は合意しなければいけない、さあ、どうしたいのか白状してごらん。――したくない? 疑わしい奴め、罰してやろう……」――の所以を転嫁して踏ん反り返る者は「笑顔がかわいい令和おじさん」のごとく醜い。
(ながはま・かずま=批評家)
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