鎌田哲哉長編批評――革命運動の精神2  新元号下の「異安心」の課題|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 特集
更新日:2019年8月30日 / 新聞掲載日:2019年8月30日(第3304号)

鎌田哲哉長編批評――革命運動の精神2
新元号下の「異安心」の課題

このエントリーをはてなブックマークに追加
五月に、「平成」から「令和」へと元号がかわった。様々なメディアがこの間、〝お祭り騒ぎ〟を続け、多くの文化人・知識人達が、その思いを縷々語りあった。果たしてその中に、傾聴すべき言葉はあったのか。今実現すべき課題はどこにあるのか。批評家の鎌田哲哉氏に、「革命運動の精神2――新元号下の「異安心」の課題」と題した長編批評を寄稿いただいた。一万七〇〇〇字を一挙掲載する。 (編集部)
第1回
「国民」への収縮と腐敗

今年の五月、日本の元号は再び新しくなった。だからといって、それ自体が物を書く積極的な動機にはならない。「平成」だろうが「令和」だろうが、我々自身が自らの実践を通じて、何かを新たに、実質的に変えたわけではない。だが当分の間、多数の書き手が元号の更新について、あるいは天皇の交代と「新しい時代」の到来についておしゃべりするだろう。いかに「元号中心の物の見方」が我々の思考に浸透しており、いかに「天皇制中心の物の見方」が我々の生活的現実を損ってしまうのか。内容以前に行為そのもので、彼らはそれを証明してしまうだろう。だから、この主題に触れてなお「書くこと」を浄める方法、生気を与えて普遍化する方法は一つしかない。それは、この種の「物の見方」がもたらした浸透および損傷の程度を正確に測定し、それらをねじ伏せ克服する基本的打開策を提示することである。

 *

まず確認する。前天皇=現上皇は、「平成」の時代にそれ以前と異なる、いかなる固有のイメージを獲得したか。歴史的に見て――少くとも近代日本において、それは彼が最も愛される天皇、最も親しみやすい天皇になったことだ。私と同年代(五〇代)以上の中高年連中の間で、何かにつけて「目標は天皇夫婦」と公言するご近所夫婦、「年をとっても、いつまでも天皇と皇后のように仲のいいカップルでいたい!」と口にする幸福な(?)二人連れがいかに多いか。そこでは、かつて相当数の人々が昭和天皇のあり方に、口に出さずにひそかに抱いていた疑惑――(あれだけ悲惨な戦争を自分で宣戦布告しておきながら、主体的に退位もせず居座り続けるなんて、こいつ本当に無責任な奴だな)という生理的嫌悪、時にその存在そのものを「日本の恥」と感じずにいられない激しい道義的羞恥、それらが殆ど消失してしまった。それだけでない。この「親しみやすさ」や「愛され」方において、前天皇=現上皇は疑いなく「リベラル」な存在にみえていた。護憲を主張し、平和を求める政権批判派の間で、彼個人を人格的に信頼し、その言動を根拠に政権批判を試みる人々が異常に増えていた。「目標は天皇夫婦」である人々の増加と、それは殆ど正比例するかにみえた。

明らかに、「信頼」はそこで狭義の人格的信頼以上の何か、「依存」でなければ「崇拝」にまでエスカレートしていた。(この天皇は、少くとも無知で無能で、他人の心を平気で傷付けることしかできない、ごろつきレベルの大臣連中と違う。皇后の気品と勇気もまた、片山さつきや稲田朋美レベルのさもしさ狡猾さなどと隔絶している。だから、これこれの事柄を天皇夫婦に知ってほしい。これこれの事柄について、何より彼らの温かな言葉がほしい。)以上に敬語表現を好きなだけ加え、固有名詞を適当に置き換えれば、多くの「リベラル」派が前天皇に抱いた感情になる。そしてこの感情がなければ、たとえば山本太郎の「直訴」も生じなかった。この行為の主要な意味は、相手が前天皇=現上皇でなく昭和天皇だった、と想定すればすぐにわかる。後者の場合、対象に「直訴」する価値があるなどと、少くとも戦後の心ある日本人は一切考えていなかった。芸能人固有の奇矯とでしゃばりがどうあれ、山本の行動は「リベラル」派の一部の本音を正確に表現するものだった。

だが、本当の問題はこの先にある。なぜなら「平成」の時代は、みかけ上「個人崇拝」と一定の距離を置き、天皇の存在を手堅く「国民統合の象徴」に限定しようとした「リベラル」派のもう一方の連中――彼らの思考をも着実に腐食させ、その実践に鎖国化と排外主義化を歯止めなくもたらしていたからだ。それは端的に、彼らが少しも悪びれず「国民」概念にもたれて、その範囲内でしか思考も行動もできない事実にあらわれている。数年前の「国民なめんな」運動の流行を例にとろう。それは、ちょうど「芸術」が批評精神を欠いたわかりやすい「アート」や、町おこしに便利な「アニメ」に変質して行く過程に似ていた。彼らは、おしゃれでナウくて(?)洗練された外観を平和運動にもたらしたかもしれない。その結果、多数の「国民」=「市民」をかき集めて、国会前に動員できたのかもしれない。にもかかわらず、この革袋に新しい酒は一滴もなかった。彼らが「憲法を守れ」とそれを絶対化して叫ぶ時、「国民」という単一不可分な概念、そのゆえにこの集合の外部を残酷に排除し踏みにじる概念への疑惑がなかった。現行憲法それ自体の不完全な欠陥――第一章の天皇条項が、飛び地のように人権規定の普遍性と矛盾し衝突する事実や、憲法草案の成立過程で「人民」が歪曲的に「国民」と訳出された事実への、理論的かつ歴史的な自己批評も皆無だった。何より、「国民」の外部で「非国民」扱いされる民衆の人権こそが、今まさに損なわれている状況への痛みがそこになかった。要するに、ただ「量」(動員人数や組織数)を増やして目先の利益を確保する行為の絶対化があるだけで、それらを思想の「質」に転化する肝心の実践が欠けていたのだ。

だが、我々は今こそ頭を冷やすべきである。今日の改憲勢力の標的は、憲法の特定の条文や条項だけにあるのでない。真の問題は、我々が「国民」である限り逃れられない柔弱さや不十分さに――放っておけば手持ちの憲法に自己満足し、その文言の現状にしがみつくばかりの、我々の柔弱さや不十分さに彼らが付けこんでいる事実にある。右からの改憲勢力とは、守りに入った「国民」の腐敗に寄生して初めて繁茂できるヘドロのことであり、「現状維持」「そのまま」「守れ」としか言わない相手の頼りなさを頼みの綱に、古びてすり切れた習俗を「新しさ」と錯覚させるゾンビの群れである。逆に、この反動的状況を真に突破し克服したければ、我々自身がこれまで逃げてきたラディカルな創造を始めるしかない。未知の戦術への試行錯誤を始め、運動の革命的側面を自覚的に推進していく以外なく、それは直ちに「国民」であることの自己合理化を破壊することである。大衆運動は、守旧的で消極的なやり方では一歩も前進できず、前進しないことは結局後退することである。ただ小心に現状維持にあくせくすれば、我々は実際には「現状」までも失ってしまうのだ。

これを具体的に憲法問題に即して言えば、我々に必要なのは憲法典そのものでなく、あくまでその基本的「精神」を徹底させることである。そのために、現行憲法についてはその思想上の不徹底、表現上の欠陥を無遠慮に、一語一語をとりあげ逐次的に分析し、まず第一章の天皇条項を全て削除すること、そこから始めて「国民」でなく、「人民」のための普遍性ある憲法草案を新たに作りだすこと、それを通じて左からの憲法改正運動を多様に強力に展開すること――それらが当面の課題になるはずだ。

念のため、これは現行憲法の文言を不動の前提にして、たとえばそこにどの程度「人民主権」のモメントがあるか否か、それについてだけ解釈上の駄文をちまちまと競い合ってきた、コップの中の学者先生の習俗と似て非なる実践である。大西巨人が、「これ[「第二章 戦争の放棄」の抹殺と「第一章 天皇」の強化とを目的とする憲法改悪の目論み]にたいして、〝憲法は必ず改定せられねばならない。しかし、それは、まず第一に第一章八箇条の全的廃止、人民共和制の確立・その明文化でなければならない、そのように改定せよ。〟と迫って、逆に岸らをたじろがせ、彼らをせめて現行憲法の守護にとしがみつかせるほどには、国民の進取的勢力は強力ではなく、その民主的意識は研ぎ澄まされていない。それどころか、一つまちがえば、一つ油断すれば、憲法改悪勢力に押し切られる公算も、決して小さくないであろう」と六十年前に書いた時(「戯曲『運命』の不愉快」、一九五九年二月)、「護憲」勢力の発想に何が欠けているかを彼はすでに明晰に見てとっていた。対立の機軸を「改正」対「現状維持」でなく、「反動的な改正」対「憲法の精神に基く革命的な改正」に改変することが我々の運動に不可欠なのである。リアクションでなくアクションが、何かを奪われそうになって思い出したようにその光源にすがりつくのでなく、我々が自らの内部に自分自身の光源を創造し、それを通じて既成の何かを乗りこえる仕事こそが必要なのである。
2 3 4 5 6
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 特集のその他の記事
読書人紙面掲載 特集をもっと見る >
学問・人文 > 哲学・思想関連記事
哲学・思想の関連記事をもっと見る >