◇電子時代のへぼ物書き◇ 坂上 泉|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月2日 / 新聞掲載日:2019年8月30日(第3304号)

◇電子時代のへぼ物書き◇
坂上 泉

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 元々ネット創作に足を突っ込んでいた関係もあり、今回『へぼ侍』が刊行された直後から、ネット、特にツイッターのキーワード検索を逐一チェックしている。我ながらストーカーじみているが、読者の反応を見つけると嬉しくて気軽にお礼を述べてしまう。そうして生まれた交流から感想や応援の声も頂き、更に励まされることが多い。この場を借りて御礼を申し上げたい。

一九九〇年生まれの私は、一般人によるネット発信が勃興する時期を、自身の成長と歩調を合わせるように、目の当たりにしてきた。友人と近況をブログで確認しあい、SNSで同好の士と情報交換し、そして創作投稿掲示板に書き込んで読む側から作る側に足を踏み入れてきた。ケータイ小説や小説投稿サイトの興亡も、直接は関わらなかったが同時代のこととして見てきた。

情報発信の技術的進歩は、表現の在り方と受容形態を変え、需給市場全体を変えつつある。文字が生み出されたことで口承は記述になり、紙によって保存と伝達は容易になり、それを活版印刷技術が加速してきた。それと同じことが今起きている。書き手や、編集・印刷・流通・広告・販売も含めた、作品を送り出す技能集団にとっては、かつて構築された出版のセオリーが成り立たなくなったことで、どう次の時代を生き残っていくか、まさに激動期を暗中模索しているように思われる。
へぼ侍(坂上 泉)文藝春秋
へぼ侍
坂上 泉
文藝春秋
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奇しくも『へぼ侍』は、幕末維新から十年足らずの明治十年を舞台に、近代兵器で戦い、経済や言論が新たな戦争の場になる、そんな時代を、古臭い竹刀を振り回す少年が駆け抜ける物語だ。それを書いている私自身、このネット時代に活字媒体で、それも歴史時代小説を世に送り出すのだから「へぼ侍」の一味なのかもしれない。

作中の「へぼ侍」は、剣と共に滅びるほど殊勝ではない。戦場の現実を前に、最新式小銃と身に着けた大阪商人の技術で、新時代の戦を繰り広げる。私も、ネット時代にいる以上、その戦い方を自分で見つけるしかない。

現段階では、作品を精魂込めて作るのは当然として、膨大な作品がプロアマ問わず発信されるようになった時代に、広大な砂漠から一粒を手に取ってもらうには、これでなくてはいけないとしてくれる、ファンになってもらうしかない、と考える。黙っていては存在も知られない。なら私から知ってもらいに出向こう。自身も読者に近しい立場として読者の声に丁寧に答えたいし、それができる環境を存分に生かしたい。

新しい技術が作品の表出の在り方を広げてくれた。作品自体も大きく変わっていくのだろう。ただ、何かを書きたい、伝えたい、そして自分を何者かにしたい、他者に何かを影響したい、という欲望は、そしてそれを実現しえる矜持も真摯さも、それほど変わることはないのではないか、と思っている。歴史学を多少齧り、創作を通じて歴史を楽しんだ身として、人間の根源にある欲望や尊厳は揺らがない、という信頼があるからだ。歴史時代小説が色褪せないのは、まさにここによる。

傍目には、奇妙な動きを見せている若造がいる、と先輩方にも読者の皆様にも思われるかも知れない。でも、これまで紙の海で泳いでいた先輩方と同様、私も電子の海で溺れないように精一杯脚をばたつかせ、汗をかいているのだ、と思っていただきたい。ちょっと泳ぎ方が「へぼ」なのはご容赦頂きたい。そして、読者の皆様には、時々でいいので、溺れそうだったら励ましてやっていただけるとありがたい。

この記事の中でご紹介した本
へぼ侍/文藝春秋
へぼ侍
著 者:坂上 泉
出版社:文藝春秋
以下のオンライン書店でご購入できます
「へぼ侍」出版社のホームページはこちら
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