ジェイン・オースティン 家族の記録 書評|ディアドリ・ル・フェイ(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月31日 / 新聞掲載日:2019年8月30日(第3304号)

ジェイン・オースティン 家族の記録 書評
オースティン伝記の決定版にして待望の翻訳
「家族の記録」を手掛かりに作家の実像に迫る

ジェイン・オースティン 家族の記録
著 者:ディアドリ・ル・フェイ
翻訳者:内田 能嗣、惣谷 美智子
出版社:彩流社
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 オースティン研究がまた活性化している。海外研究者の伝記の翻訳に限っても、クレア・トマリンの『ジェイン・オースティン伝』(一九九九年)、キャロル・シールズの『ジェイン・オースティンの生涯』(二〇〇九年)、ジョン・スペンスの『ビカミング・ジェイン・オースティン』(二〇〇九年)、E・J・オースティン・リーの『ジェイン・オースティンの思い出』(新訳 二〇一一年)とほぼ一〇年周期で、代表的なものが出されている。このたび出版されたル・フェイの『ジェイン・オースティン 家族の記録』の原著は、一九八九年の初版だが、それ以後に新しく発掘された諸事実を付加し、修正され、二〇〇四年に出された改訂版で、オースティン伝記の決定版といわれるものである。オースティン文学愛好者にとっては待望の翻訳といえるだろう。

オースティンは、都会のサロンや文壇とは遠く離れて、片田舎にひっそりと暮らし、ひっそりと小説を書いて、生前、作家として世に知られることはあまりなかったが、彼女には家族という大きな支えがあった。田舎牧師の家庭に生まれた彼女は、六人の男兄弟、そして双子のように仲の良かった姉、成人してからは数多くの甥、姪に囲まれて、生涯を送った。犯罪や旅などの大きな物語というよりは、日常生活の機微を皮肉な観察を交えて描いた小さな物語を特徴とするオースティン文学は、このような細やかな情愛に包まれた彼女の家族の中から生まれたものともいえるので、ル・フェイのこの大著の副題が「家族の記録」となっているのもある意味では当然のことだといえるだろう。日記を残していないオースティンは、その書簡以外にはなかなか肉声が聞きにくいのではあるが、書簡集の編者でもあるル・フェイは、このような彼女の周囲の人々の回想や日記をていねいに拾って、可能な限りのオースティンの実像に迫っている。

伝記を読む楽しみの一つに、作品との関連に気がつかされるということがある。『分別と多感』のなかで、友人のルーシーから、エドワードに「髪の毛を入れた指輪」を恋の証として送ったという過去の秘密を聞かされて、エドワードに心惹かれていた女主人公のエリナーがショックを受けるという場面があるが、この伝記の末尾で、オースティンの死後その遺髪を指輪に入れて親族に送ったことがあったという一節を読むと、「髪の毛を入れた指輪」も当時よく行われていた習慣であることが分かる。また、『説得』中で、いくら提督という高位にあるとはいえ、クロフト提督という軍人が准男爵のエリオット家の邸宅を借りることができるのか不思議に思う者は、当時の海軍の軍人は、交戦中の敵国の船を拿捕し、そこから巨額の戦利金を手中にすることができた事実を知ると、ああ、それでは、当時の軍人はエリザベス朝の海賊と似た側面もあったのだなと、納得してしまう。

オースティンの自作の小説へのこだわりと、家族への思いやりが分かる場合もある。『マンスフィールド・パーク』執筆の際には、姉のカッサンドラに、聖職者の叙任にはどれぐらいの時間がかかるのか確かめて欲しいと頼んでいる。これは、エドモンドが叙任のため、自然にマンスフィールド・パークを留守にする期間が小説構成上重要な論点だったのだ。また、ポーツマス港の場面では、海軍の軍人だった兄フランクから、船に関する技術的側面への助言を頼んでいるし、まだそのことで、フランクに迷惑が掛からないように気をつかうオースティンでもあったのだ。姪のアナが、小説を書いて指導を頼んできたときには、現実に起こりえないような事件や、使い古された陳腐なプロットを避け、知らないことを書くことの危険を諄々と説いている。そこで説かれた「こんな風に田舎の村の三つか四つの家族というのが、作品を書くのに格好の題材なのです」という言葉は、オースティン文学の特質を表すものとしてよく知られている。夏目漱石が、「オースティンの深さを知るものは、平淡なる写実中に潜伏し得る深さを知るべし」(『文学論』)と言ったときの「深さ」というものの源が、この伝記を読むと十二分に伝わってくる気がする。
この記事の中でご紹介した本
ジェイン・オースティン 家族の記録/彩流社
ジェイン・オースティン 家族の記録
著 者:ディアドリ・ル・フェイ
翻訳者:内田 能嗣、惣谷 美智子
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ジェイン・オースティン 家族の記録」出版社のホームページはこちら
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内田 能嗣
内田 能嗣(うちだよしつぐ)帝塚山学院大学名誉教授。 日本ブロンテ協会理事・評議員長。
著書・共著等に『イギリス文学史』(大阪教育図書、1999) 、『感動愛の物語11章—あらすじで読むイギリスの名作』(ひょうたん書房、共編、2005)、『ブロンテ姉妹を学ぶ人のために』(世界思想社、共編著 2005)、『ブロンテ姉妹小事典』(研究社出版、編、1998)、『ヴィクトリア朝の小説—女性と結婚』 (英宝社、1999) 、『トマス・ハーディ短編全集〈第1巻〉ウェセックス物語 トマス ハーディ』(大阪教育図書、共訳、2001)、『トマス・ハーディ短編全集〈第3巻〉人生の小さな皮肉 トマス ハーディ』 (大阪教育図書、共訳、2002) 、『トマス・ハーディ短編全集〈第5巻〉チャンドル婆さんとほかの物語および詩劇 トマス ハーディ』(大阪教育図書、共訳、2001)、『トマス・ハーディ短編全集〈第4巻〉変わりはてた男とほかの物語 トマス ハーディ』(大阪教育図書、共訳、2000)、 『ブロンテ文学のふるさと—写真による文学鑑賞』(大阪教育図書、共編、1999)、『イギリス文学評論〈2〉』 (創元社、共編、1987)、『イギリス文学評論〈3〉』(創元社、共編、1988)、『イギリス文学を読む—流れと諸相』(創元社、共編、1994)、『イギリス文学評論〈4〉』(創元社、共編、1992)、 『イギリス小説入門』(創元社、編、1997) 、『愛と死—エロスのゆくえ』(創元社、1987) 、『イギリス文学評論〈1〉』 (創元社、共編、1986)、『ジョージ・エリオットの前期の小説—モラリティを求めて』(創元社、1989)、『教養のためのイギリスの文学』(東海大学出版会、共著、1985)、『アン・ブロンテ論』(開文社出版、共著、1999)、『ブロンテ姉妹の時空—三大作品の再評価』(北星堂書店、共著、1998)、 『イギリス文学—研究と鑑賞 (2)』(創元社、共著、1982)、 『日陰者ジュード T.ハーディ』(北星堂書店、翻訳、1994)、『ほんとうの物語 マーガレット・アトウッド』(大阪教育図書、共訳、2005) 、『ブロンテ家の人々(上・下)』(彩流社、ジュリエット・バーカー 著、中岡洋・内田能嗣 監訳、2006)ほか多数。
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