私の肌の砦のなかで 書評|ジョージ・ラミング(月曜社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月31日 / 新聞掲載日:2019年8月30日(第3304号)

私の肌の砦のなかで 書評
外界を隔つ「私の肌の砦」
カリブ文学を代表する作家の〈原点〉

私の肌の砦のなかで
著 者:ジョージ・ラミング
翻訳者:吉田 裕
出版社:月曜社
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 作家の最初の作品のうちには、作家がその後書くだろうものの様々な片鱗や痕跡が見出せる、とよく言われる。カリブ海出身の英語作家ジョージ・ラミングのデビュー作『私の肌の砦のなかで』は、書き手としての今後の展開を数多く宿した〈原点〉のような自伝的長編小説だ。

1927年にイギリスの植民地バルバドス島に生まれたラミングが故郷にとどまるのは、19歳の頃までだ。この時代のカリブ海の作家がそうであるように西洋式植民地教育の優等生であったラミングは、まず英語教師としてトリニダードで教えたのち、50年に宗主国に渡り、53年に本作でデビューを果たす。その舞台に選んだのが故郷の島にほかならない。

本作はそれゆえ自伝的となる。少年が9歳の頃から、高校を卒業して故郷の島を去るまで、「クレイトン村」で過ごした約10年の歳月が厚みをもって描かれる。住民は、クレイトン氏の領地に住んでおり、商売を営む者もいれば、漁をする者もいる。少年は平穏な村に生まれ、その土地に長く暮らす村人と同様、クレイトン村の外のことは知らず、外の世界はうわさ話で聞くものの、実感が湧かない。村人たちの世界観はキリスト教に包まれており、神さまの存在を信じて疑わない。イギリスに憧れをもち、村人は、自分たちが学校で教わった大英帝国の歴史の一部だと思っている。

本作の語り手は、集合人称としての村人だ。クランパー、ボブ、ボーイブルーといった友達や母親と「ぼく」の会話、「とおさん」と親しまれる老人の老女との会話など、物語の多くは会話で成り立ち、うわさ話をふくめた会話からクレイトン村の共同体が浮かびあがってくる。この共同体のなかでは標題にある「私の肌」は悩みの種ではない。村人はみんな黒いからだ。つまり「私の肌の砦」という意識が芽生えるのは、外界を通じて肌の色を自覚するときだ。

本作の醍醐味は、平穏な村の生活のなかに突如訪れた「暴動」以後の記述だろう。この暴動は植民地秩序に抗議する政治運動をきっかけに引き起こされるのだが、政治意識とは無縁の村の生活においては、この出来事の受け止め方は難しい。暴動以後も、これまでと変わらない日常が続くかと思った矢先、村の靴屋と見知らぬ男とのあいだで諍いが起きる。靴屋の土地は法的にすでに自分のものであるから三週間以内に出て行け、とその他所者が靴屋に言うのである。この一件をきっかけに村人は長く住んできた場所を他所者たちに奪い取られる。村には土地所有という観念がなかった。その土地を地主から借りて家を建て、貧しいながら立派に暮らしてきた、という自負と誇りが村人を支えてきた。

村人は突然襲ったこの変化をほとんど理解できない。いや、理解したくない。地主がいつの間にか自分たちの土地を売ったということ、さらにこの売買の取引には、村人が土地を所有すべきだと主張し、信頼を寄せてきた村の政治指導者スライム氏(暴動を扇動したのも彼だ)が深く関与していた、ということを。素朴な人々を騙すこの非情なからくりの鋭利な観察こそ、本書が植民地問題を扱った政治小説の傑作と評される所以だろう。そうした観察のなかでも、何より印象的であるのは会話における声の調子の変化だ。会話に伴う感情の起伏は、この土地収奪の場面で最高潮に達する。

村人が経験するのは、後戻りのできない変化と伝統的価値観に基づいた共同体の崩壊だ。しかしすでに外に出た者、その肌の色を自覚し、この世界のからくりを知ったラミングは、自分を育てた村の価値観が植民地秩序に則して形成されたことも、スライム氏に見られる政治的過程における裏切りや転向といったことも認識している。

本作の読了後、冒頭に引かれた次の寸言にはっとさせられた。

「もっとも安全だと思っていた場所で、驚きがある」(ウォルト・ホイットマン)。
この記事の中でご紹介した本
私の肌の砦のなかで/月曜社
私の肌の砦のなかで
著 者:ジョージ・ラミング
翻訳者:吉田 裕
出版社:月曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
「私の肌の砦のなかで」出版社のホームページはこちら
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