めぐりながれるものの人類学 書評|石井 美保(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年8月31日 / 新聞掲載日:2019年8月30日(第3304号)

めぐりながれるものの人類学 書評
多様な「他なるもの」との交感
既存の理論的なパラダイムが取りこぼす「ささやかで具体的なもの」

めぐりながれるものの人類学
著 者:石井 美保
出版社:青土社
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 タンザニアやガーナ、南インド、そして京都などで出会った「他なるもの」との交感。本書は、多様な他なるものとの交感のなかから浮かび上がってきた二七篇の人類学的な思考を綴った学術的なエッセイである。

文章の精巧さや、人類学の古典から最新の議論まで、詩から科学までを縦横無尽に操れる博学さもさることながら、石井の書くものの魅力は彼女自身がフィールドで感受した「ささやかで具体的なこと」のために、その時々の人類学を牽引する理論的潮流のもつ、ある種の「明快さ」に抗い、必要とあれば、過去の議論に立ち戻ったり異分野の理論を取り入れたりしつつ、現場のアクチュアリティに踏みとどまって言葉を紡ぐ技術にあると考えている。そして、随所に見られる彼女の批判精神の根底にある実存主義的な物事への対峙の仕方に、独特のバランス感覚があるといつも思う。

石井は、「まえがき」で「ときどき私は、人類学者とは霊媒のようなものかもしれないと思う」と述べている。さらっと書かれているが、自身がいまここにいる偶然性を他なるものとの縁にゆだね、自身を通過、経由するめぐり流れるものとの交通によって、そのつどの自身の〈かたち〉を作り直し思考していくことは、それほど簡単ではない。

石井は、別の著書で「小人がみえた」と書いていた。私も大学生の頃、「冬山で意識が朦朧としたら、小人が現れて助けてくれた」と語る先輩に会ったが、石井のいう「小人をみた」という感覚は、そうした体験とは異なるものだと本書で明かされている。すなわち、「精霊や小人や妖術が、まぎれもなくその要素をなしているような世界で、他者やものごととつながろうとすること。その関係性の網の目の中で、sane(正気)であろうとすること。それは他を受け入れながら、自己のあり方を実践的に調律していくこと」であると。小人たちがそこかしこに生き生きと息づくガーナの村で、彼らだけを非現実的なものと切り捨てれば、村の暮らしを受けいれる自身と折り合いがつかなかったのだと。

こうした石井の現実の捉え方は、存在論的転回と呼称される人類学の理論的思潮とも異なっている。本書でも触れられているように、存在論的人類学の牽引者たちは、妖術や精霊など実在しないとする態度と同時に、それらを合理的に解釈・説明できる、私たちの現実にも実在しうるとする態度も批判する。「だが」と石井は、問う。「私たちの世界には存在しないが、彼らの世界では実在する」という視座は、彼ら自身がそれらの存在に時として疑いや戸惑いを持ちつつ、不定形なつながりをつくりあげている細やかな営みを捉えられないではないかと。

既存の理論的なパラダイムが取りこぼす「ささやかで具体的なもの」を軸足にした問いかけのスタイルは、ほかにも各章で展開する。

たとえば、「ふたつの問い」では、災因論が取り上げられる。事故や病といった災厄に直面した時、人は「なぜ」と「どのようにして」という二つの問いにぶつかる。妖術は、このうち、物理的な因果論では解けない「なぜ」に説明を与えるものだとされてきた。だが、石井は、それでは災厄の渦中にある人は、そうした妖術の物語に本当に納得しているのだろうかと問いかける。そして一人娘を事故で亡くした友人の事例から、自分よりも大切な誰かを失った当事者にとって「なぜ」という問いは、どんな物語によっても答えられることがないが、問うことをやめないために「どのようにして」という地平から問いを投げかけ続けることもあると説明し、重ねて問いかける。苦悩の当事者にとって「なぜ」という問いに答えがないのだとすると、誰が妖術とそこからの回復の物語を紡いでいるのだろうかと。人類学者なのかもしれないと。

本書は、ほかにも京大立て看板問題などの身近な題材も用いて、ささやかなことから深遠なことへと思考を切り開く刺激的なエッセンスが詰まっている。ただ、私は、娘に絵本の読み聞かせをしていた石井が『チリとチリリ』と『グリとグラ』の物語の構造に類似しつつ、いくつかの反転している要素があることにふと思いあたって、「これはひょっとして、あの、あれではないか」と、レヴィ=ストロースの神話分析を思い出してどぎまぎするシーンが好きだ。取りとめなく書いたというには精密すぎる本書で、時々垣間みえる、石井が些細な気づきに心躍らせたり、落胆したりする瞬間に、私も心動かされてしまったのだ。
この記事の中でご紹介した本
めぐりながれるものの人類学/青土社
めぐりながれるものの人類学
著 者:石井 美保
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「めぐりながれるものの人類学」出版社のホームページはこちら
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