もの食う人びと 書評|辺見 庸(角川書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年9月2日

辺見庸著『もの食う人びと』
上智大学大学院 渡邊翼

もの食う人びと
著 者:辺見 庸
出版社:角川書店
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もの食う人びと(辺見 庸)角川書店
もの食う人びと
辺見 庸
角川書店
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スペイン語には「知る」という動詞が二つある。saber(サベール)とconocer(コノセール)だ。これまでの私の旅がsaberなら辺見の旅はconocerである。

本書のテーマは至ってシンプル。人びとがいま、どこで、なにを、どんな顔をして食っているのか、それともどれほど食えないでいるのかを知ることだ。辺見はさまざまな国や地域へ訪れ、各地の人びとと同じものを食いまくる。

なぜこのような旅をするのか。それは日本の食状況にある。辺見は言う、「長年の飽食に慣れ、我がまま放置で、忘れっぽく、気力に欠け、万事に無感動気味の、だらりぶら下がった、舌と胃袋。だから、こいつらを異境に運び、ぎりぎりといじめてみたくなったのだ。この奇妙な旅の、それが動機といえば動機だ」と。

ゆえに辺見は、気品あるレストランを俎上に載せ、優雅に語るグルメ本のような、洒落たことはしない。むしろ生死の瀬戸際、食う、食らいつく。そんな状況下にある人びとを取り上げる。

彼はスラム地区の人びと、出稼ぎ労働者、囚人、放射能に汚染された所に住む村人、難民キャンプで生活する人びとに接触し、残飯、囚人食、難民向け援助食材、放射能汚染食品などを食う。

一方で取材も怠らない。彼が対象とするのは、大新聞の紙面を飾るような人びとではない。その対極の、ただのもの食う人びとだ。そんな彼らの語りは、飽食の世界に住む我々から見ると奇怪ともいえるものを、なぜ食い、どうしてそこで生活するのかを教えてくれる。

本書の一節を紹介する。辺見はダッカの駅前広場の屋台で、焼き飯を注文する。口に運んでいると、店主から残飯だと指摘される。うっとなり、皿を放り出せば、か細い腕がニュッと横から伸び、少年らが皿の奪い合いをはじめる。ダッカには富裕層の食べ残しを売る残飯市場がある。残飯を求めて並ぶ女性たち、橋の袂に転がる死体。残飯が商品化するなか、それすら食えず死んだ者がいることを辺見は推察する。バングラデシュ政府は食の確保を国策としている。政府、富裕層、中間業者、残飯に食らいつく人、ありつけない人……辺見は食を切り口に、わずか九頁で、ダッカの社会を描く。

saberは知識や情報を知っているときに使う。conocerは人や場所、物に精通しているときに使う。彼を知っているという文で、前者の場合、彼と面識はないがその名前を聞いたことはある、となる。後者の場合、彼と面識がありよく知っている、となる。

これまで私は、十数ヵ国訪ねた。一年間メキシコに留学もした。だが、思い返せば、スラム街は危険だからと避け、屋台料理は不衛生だからと食わず、物乞いは危ないからと近寄らず、ガイドブックに載る情報を確かめる、saberの旅をしていた。いわば、上澄み液をすくい取り、満悦していた。辺見は違う。彼は食を切り口に、濁液の中に浸り込む。そして、人びとの小さな語りを紡ぎあげ、人と社会を鮮やかに描く、conocerの旅だ。

私は幸運だと思う。メキシコへ行く機会をもう一度手にした。今年の八月から一年間、メキシコ大学院大学(El Colegio de México)で研究する。研究だけで三百六十五日は過ぎない。東西南北、メキシコを知るため、いろいろな場所へ訪ねようと思う。その時の「知る」はsaberではない。conocerである。
この記事の中でご紹介した本
もの食う人びと/角川書店
もの食う人びと
著 者:辺見 庸
出版社:角川書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「もの食う人びと」出版社のホームページはこちら
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