フェルナンド・ペソア著、高橋都彦訳『不安の書【増補版】』刊行記念トーク 杉田敦さん×山本貴光さん (於:紀伊國屋書店新宿本店九階イベントスペース)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月6日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

フェルナンド・ペソア著、高橋都彦訳『不安の書【増補版】』刊行記念トーク 杉田敦さん×山本貴光さん
(於:紀伊國屋書店新宿本店九階イベントスペース)

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 ポルトガルの国民的詩人フェルナンド・ペソアの代表作『不安の書【増補版】』(四六判・六八八頁・五二〇〇円)が彩流社より刊行された。刊行を記念して、八月七日、紀伊國屋書店新宿本店で、本書の装幀を手掛けた美術批評家の杉田敦氏と文筆家・ゲーム作家の山本貴光氏によるトークイベントが開催された。当日のトークからペソアと本書の魅力をレポートする。(編集部)


■ペソアとの出会い

トークの最初に、それぞれのペソアとの出会いが語られた。

山本氏は、「学生時代、ボルヘスやドゥルーズやガタリが書いたものにペソアの名前が時々出てきて気になった。最初に読んだのは『ポルトガルの海』という詩集だったと思う」。杉田氏は、「ペソアをはじめて意識したのはポルトガルの街中にあるグラフィティからで、不思議に思って調べていくとペソアだった。最初に読んだのはペソアのエロティックな英詩だったのであまり良い出会いではなかったが、後日アントニオ・タブッキがペソアのことを書いていたものを読んではじめてペソアを教えてもらった気がする」と話した。

■異名者・ペソア

ペソアは生涯を通じて七〇名以上の異名者がいたと言われている。

杉田氏はペソアの異名者について、「ペソアの作り出したエテロニモ(異名者)は単なるペンネームでなく、その人物の人格設定をしてホロスコープまで作り、文壇・文化サークルの中に登場させている。ペソアのエテロニモに惹かれる人は多いが、僕はどちらかというと、ペソア自身さえ一人のエテロニモであるという相対主義的な感じというか、そこにすごく惹かれる」と述べた。

■ペソアとは誰か

ペソアは一体誰なのか、そのことを考える手がかりが『不安の書』の中にあるとして、山本氏は次のように述べた。  「とりわけ本書で印象深いのは、ペソアが意識や人間の精神状態を風景に喩えているところ。彼はその風景を観察し、意識が移ろってゆく様子を書きとめている。そんなふうに自分を捉えているとしたら、ペソアとは誰かということがわからなくて当然という気もしてくる」。

杉田氏は、リスボンという街の特性からペソアを捉えようとする。「リスボンという街は街自体がポリフォニックな感じがする。ある酒場で常連だった男がある時ぱったり来なくなる。でもその男はまた別の店で常連になっていて、最初の店で見せていたキャラとは違う人物になりきっている…。こういうことだったのかなと。答えはないのだが、そういう感覚に近いような気がする」。

山本氏は、やはりペソアの出自が大きく関係しているような気がするとしてペソアの来歴を次のように紹介した。

「彼は生まれこそリスボンだが、幼いうちに父を亡くし、再婚した母親とともに南アフリカのダーバンに移り住み、そこで主に英語で教育を受けた。英語で詩を書き始め、長じてリスボンに戻っている。幼くして故郷を離れ、母語のポルトガル語とは別の言語を使うという経験は、彼のアイデンティティを揺るがせたと思う。そういうことがペソアの書くものや考えることに影響を与えているのではないか」。

杉田氏はペソアの〝私の故郷はポルトガル語である〟という言葉を引き、「土地や地理的な空間でもなく、母国語である言葉が自分の故郷であるというのはすごくうまく言いあらわしている感じがする」と述べた。

■『不安の書』の謎

その後、ペソアが遺した一二〇〇冊以上の蔵書の話から、編集担当者も交え、増補版刊行までの経緯と舞台裏が語られた。ペソアの『不安の書』の謎をめぐって、トークはさらに深まった。

杉田氏は、「ペソアの『不安の書』というのは不思議な本で、ペソア自身が亡くなって半世紀くらい後に初めて出た本で、ではその構成は後世の人間が勝手に考えているかというとそうではない。実はソアレス名義で、ある種の目次みたいなものがあった。ソアレス名義というのはほぼ『不安の書』だけで、その意味でもすごく特殊な本。しかもペソアはソアレスのことを詩人でもなく本書を事実に基づかない自伝だと言っており、ますます迷宮に入っていく」と述べ、『不安の書』とその作者とされるソアレスを考える上で重要な人物として、『クレプシドラ(Clepsydra)』という本を一冊だけ書いているカミーロ・ペサーニャというマカオの詩人を挙げ次のように語った。 「ペソアはペサーニャを詩人として尊敬していた。ソアレスの存在というのはペソアの中のペサーニャではないか。ペソアはソアレスは詩人ではないと言っているが、それはペサーニャに対するリスペクトであり、ソアレスを彼に見立てていたように僕には思える」。 トークの後半で、ペソアにとっての『不安の書』について杉田氏は、 「ある種の壮大な全てが書き込まれた一冊。ある種の断片の集積のような、そうマラルメの『ディヴァガシオン』みたいな…。いや、マラルメが構想していて実現しなかった究極の書物「ル・リーブル」に近いものをペソアも考えていたということなのかもしれない」。 山本氏は、「『不安の書』も〝読者が読むことを通じて完成されていく〟書物だ。マラルメのいう「書物」と通底する現代性を備えている」とコメントした。    (了)
この記事の中でご紹介した本
不安の書【増補版】/彩流社
不安の書【増補版】
著 者:フェルナンド・ペソア
翻訳者:高橋 都彦
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
「不安の書【増補版】」出版社のホームページはこちら
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