古田徹也氏ロングインタビュー 運に向き合い、倫理を問いなおす 『不道徳的倫理学講義』(ちくま新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月6日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

古田徹也氏ロングインタビュー
運に向き合い、倫理を問いなおす
『不道徳的倫理学講義』(ちくま新書)刊行を機に

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第2回
努力と運の極端な語られ方/評価に入り込む運の要素

――たしかに「自己責任」を振りかざす人、自分の努力だけでいまの自分があると強調する人の言葉には信を置けません。ただ、運だけに任せて生きてきたと語る人も信用できない気がします。
古田 
 どちらも、物事の一面だけに囚われすぎなんだと思います。成功した人がえてして言いがちなのは、自分はこれだけ努力してきたんだ、という類いのことです。もちろん努力してきたのだろうけれども、そもそも努力をしようとする意志をもてる運のよい環境に自分がいたとも言えるわけです。これはジョン・ロールズなどが強調する点ですね。でも、他方で、全部は運ですよと言われたら、じゃあ自分のこれまでの努力はなんだったのかと、自分が否定されたり貶められたりした気がする。これも当然の感覚です。

問題なのは、物事の多層的で複雑な側面を無視する姿勢です。とくに、達成や成功というものは本人の努力次第だ、というのはまあ「真面目」な意見だし、優等生的な「正論」だから、おのずと優位に立ちがちです。しかし、この主張の延長線上には、行き過ぎた自己責任論や、咎なき人への非難といったものがある。

「努力は裏切らない」とか、「努力に運は関係ない」という言葉は、基本的には他人や自分への励ましであるはずです。私たちはそうやって、たとえば子どもを応援したり、自分を鼓舞したりするでしょう。でもこの言葉が、それこそ公の場や学問の場などで客観的な真理として語られたら、ただのきれいごと、荒いお説教になってしまいかねない。そして、そうなった場合には必ず反動が出てきます。つまり、お説教的な物言いの裏返しとして、両さん的な物言いが過剰に真理として受けとめられ、語られることになる。もちろん皆、両さんのように人前や公の場では正面きって言わないけれど、結局そうじゃないかと斜に構えている人が多いわけです。

――本書ではアダム・スミスが、そうした二面性や複雑性を深く受けとめている人物として登場しますね。スミスは一方では、「正当な道徳的な評価は運に左右されて下されてはならず、それゆえ、行為者の事前の計画に対して下されなければならない」(229頁)とする。しかし他方では、「行為に対する評価とは基本的に、行為が実際になされ、結果が出てから下される」(247頁)ので、事前の意図や計画に対して何か評価を下すのは難しい、とも認めています。
古田 
 そこがスミスの興味深い点のひとつですね。運に左右された結果に対して道徳的な評価を下してはならない、というのを、彼は「公正の原則」と呼んで一応尊重はしています。この原則は、本書の別の箇所で「コントロール原則」と呼んでいるものと通底しています。つまり、「人が道徳的な義務や責任を負うべきなのは、その人のコントロール下にあった行為や意志に関してのみである」という原則ですね。

この「公正の原則」ないし「コントロール原則」は、道徳という概念に対する私たちの理解の、かなり重要な部分を占めています。運という不純な要素が入り込んでしまうと、行為や行為者に対する適正な道徳的評価や判断ができなくなる――私たちはなんとなく一般論としてはこの原則を受け入れている。けれども、たいていの場合は事前に結果を見切ることなんて私たちにはできないので、実際は結果が出てしまってから評価を下さざるをえない。だからどうしても、評価に運の要素が入り込むのは避けられない。スミスはこの現実に目を背けようとはせず、むしろきわめて重視しています。

――たとえば企画書などで誰かに前もって意図や計画を示すにしても、実際に始めてみなければわからないことがたくさんあります。
古田 
 まさにそのように、私たちがやることは賭けの連続だとも言えます。逆に、やる前に全部結果を見通せていたら、なんというか、つまらなくて仕方がないんじゃないでしょうか。もちろん、エレベーターの保守とか、それこそ原発の設計や管理などのように、「賭け」では済まされない活動もたくさんあります。でも、それらにしても、「リスク・ゼロ」を本当に文字通りに要求などしたら、リスクを織り込んだ事故後の対策というものを講じることが困難になるし、踏まえるべき手続きやマニュアルなどが膨らんで、それ自体が新たなリスクを呼び込みかねない。
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この記事の中でご紹介した本
不道徳的倫理学講義 ─人生にとって運とは何か/筑摩書房
不道徳的倫理学講義 ─人生にとって運とは何か
著 者:古田 徹也
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「不道徳的倫理学講義 ─人生にとって運とは何か」出版社のホームページはこちら
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