アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集 書評|フェルナンド・ペソア(彩流社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月7日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集 書評
ポルトガルの伝説的詩人ペソア
ペソアが最も得意にしたアイロニーの世界

アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集
著 者:フェルナンド・ペソア
翻訳者:近藤 紀子
出版社:彩流社
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 修辞学に撞着語法という技法がある、「急がば回れ」とか「雄弁なる沈黙」のような、普通だったら矛盾してしまうような二つの言葉を結びつけ、物事の新たな側面を照らし出すレトリックのことだ。「アナーキストの銀行家」は、まさにこのような撞着語法がタイトルになっている短編小説。作者は、フェルナンド・ペソア。そう、あの無数の異名者を創造した、ポルトガルの伝説的詩人である。ペソアの本領はなんと言っても詩にあるが、『不穏の書』が示すように、卓越した散文家でもある。彼は生涯にわたってかなりの量の物語を書いたが、その一部がありがたいことに日本語で読めるようになった。
「アナーキストの銀行家」は、昨年イタリア人のジュリオ・バーゼ監督によって映画化され、ヴェネチア映画祭に出たこともあり、耳にした人もいるのではないだろうか。だが、映画化はこれが初めてではない。すでに一九八三年にポルトガルの有名な映画監督エドゥアルド・ジェアダによる短篇映画があるほか、しばしば芝居にもあげられている傑作だ。内容を一言で紹介すれば、文字通りアナーキストにして銀行家でもある人物の物語である。ぜんぜん紹介になってないっ! 確かに。もう少し言うと、ダイアローグの格好はとっているが、銀行家の独演会、モノローグであって、「私」のほうは相槌をうち、質問をして、先を促す程度の役回りしか与えられていない。ミニシアターにもってこいの語りの芸である。

いまから百年近くも前の一九二六年に、小雑誌「同時代」に発表されたこのテクストの何がそんなにも人びとを魅了するのか。それはまさに、その語りの妙にある。「かつて君は、アナーキストだったそうじゃないか」と語りかける「私」に、大金持ちの銀行家は「だった、じゃない。かつてもそうだし、今もそうだ。この点、僕はかわらない。現に僕は、アナーキストだ」とにこりともせず答える。その後、六〇頁にわたり、いかにしてアナーキストかつ銀行家であることが可能なのかが、葉巻とコニャックを前にして、滔々と語られることになる。それは同時に哲学的であり、政治学的であり、経済学的である大演説にして、孤独な打ち明け話でもある。こうして、ペソアが最も得意にしたアイロニーの世界が読む者の眼前に展開する。でっぷり太って、高級なスーツに身を包んだ老紳士。いますよね、こういう人。貧乏な家庭に生まれた彼がいかにしてアナーキストかつ銀行家になったのか、話はあちらこちらに飛びながら、それでも終始一貫、透徹した論理で進む。人間は自由であるべきだ。専制は絶対に避けなければならない。どうすれば、各人が独立して自由でありうるか、つまりアナーキストでありうるか。彼の言うことは理路整然としている。

さて、これをどう読んだらよいのか。それこそが、読者の力量の見せ所なのだ(みなさん、試されてますよ)。この思弁的で、詭弁的で、皮肉と諧謔に富んだ話をベタに聞くのか、楽観的に読むのか、悲観的に読むのか。『アナーキストの銀行家』の主題は、いま私たちが直面しているサバイバルの問題である。リアルポリティクスと言ってもよい。だが、それは本音と建前のような浅はかな二元論とは違う。

本書に収められた短篇はどれも、じつはアイロニーを主題とした変奏と言える。アイロニーにかけてはペソアの右に出る者はなかなかいない。それは、彼一流の英国風のユーモアでもある。巻頭に置かれた「独創的な晩餐」は、英語で書かれたこともあってか、いっそうブラックな味が効いている。この短編集に、ストーリーを求めるひとはがっかりさせられるかもしれない。これらはどれも一流のペテンの話なのであって、小説ではない。むしろ哲学的コントというべきなのかもしれない。スタイルも長さもまちまちな七つのテクストは、人間の心の襞の深さを知り尽くした詩人がふとついた溜め息のような、軽いお話なのだ。
この記事の中でご紹介した本
アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集 /彩流社
アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集
著 者:フェルナンド・ペソア
翻訳者:近藤 紀子
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
「アナーキストの銀行家 フェルナンド・ペソア短編集 」出版社のホームページはこちら
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澤田 直 氏の関連記事
フェルナンド・ペソア
フェルナンド・ペソア()20世紀前半のヨーロッパを代表するポルトガルの詩人・作家。
本名のフェルナンド・ペソアだけでなく 別人格の異名カエイロ、レイス、カンポスなどでも創作をおこなった。Fernando António Nogueira Pessoa. 「異名」(heterónimo) という自らにあらざる人格を多数つくりあげ、彼らを作者として創作するという独自のスタイルで知られる。 1888年、リスボン生、1935年、同地で没。南アフリカ領事の義父にしたがい少年期を南アフリカのダーバンで過ごし、その地で英語による教育を受ける。 帰国後、大学に籍をおくが短期間で脱退。生前その名が一般に広く知られることはなかった。 死後、トランク一杯の未発表草稿が発見される。 翻訳作品に『不安の書』(高橋都彦訳、新思索社、2007年、 増補版、彩流社、2019年)、『ペソアと歩くリスボン』(近藤紀子訳、彩流社、1999年)、『新編 不穏の書、断章 平凡社ライブラリー』(フェルナンド・ペソア著、澤田直訳、平凡社、2013年(思潮社版増補改訂版))、『不穏の書、断章』(澤田直編訳、思潮社、2000年)、「アルヴァロ・デ・カンポス:フェルナンド・ペソア 「長篇詩 海のオード」(渡辺一史訳、【特集】フェルナンド・ペソアの海)(所収『現代詩手帖 2015.7』、思潮社、2015年)、「F・ペソア/藤田瑞都訳 『船乗り(1)/エピグラム』」 (所収『ゆめみるけんり vol.1 Kindle』、ゆめみるけんり、2017年)、「F・ペソア/藤田瑞都訳 『船乗り――一幕の静劇(完)』」(所収『ゆめみるけんり vol.2 Kindle』、ゆめみるけんり、2017年)、「フェルナンド・ペソア/藤田瑞都・順訳『アナーキスト・バンカー(上)』」 (所収『ゆめみるけんり vol.3 Kindle』、ゆめみるけんり、2018年)、『ペソア詩集 海外詩文庫 16』(ペソア著、澤田直編訳、思潮社、2008年)、「だれでもない人々(菅啓次郎選・訳)」 (所収『世界文学のフロンティア 5 私の謎』、今福龍太 他編、岩波書店、1997年)、『ポルトガルの海 増補版』(池上岑夫編訳、彩流社、1997年)などがある。 関連書に『リカルド・レイスの死の年』(ジョゼ・サラマーゴ著、岡村多希子訳、彩流社、2002年)、『フェルナンド・ペソア最後の三日間』(アントニオ・タブッキ著、和田忠彦訳、青土社、1997年)、『レクイエム』(アントニオ・タブッキ 著、鈴木昭裕訳、白水社(白水社Uブックス)、1999年)、『現代詩手帖・特集フェルナンド・ペソア』(思潮社、1996年6月)ほかがある。
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