地獄めぐり 書評|加須屋 誠(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月7日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

地獄めぐり 書評
「地獄」は常に人間の深層を映し続ける
心惹かれずにいられない「暴力とエロス」の欲動が解放された世界

地獄めぐり
著 者:加須屋 誠
出版社:講談社
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地獄めぐり(加須屋 誠)講談社
地獄めぐり
加須屋 誠
講談社
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 老いも若きも男も女も、なぜか地獄に心惹かれる。――本書「はじめに」のなかで、著者はそう明言した。一般に地獄といえば、恐ろしい閻魔さまがいて、舌を抜かれて、炎に焼かれて、鬼に虐げられる苦しい場所というイメージしかない。そんな場所に心を惹かれている、しかも老若男女問わずだと。そもそも地獄とは、一体どのような場所なのだろうか。

本書『地獄めぐり』は、著者である日本美術史研究者・加須屋誠氏が長年の研究をふまえ、経典に説かれた思想、またそれを視覚化した絵画資料に軸足を置きながら、地獄のあらゆる側面をわかりやすく教えてくれる一書である。地獄への旅路、地獄の内部構造、地獄の登場人物と、地獄についての基本情報が順を追って説明されるが、特におもしろいのは「第五章 地獄絵を観た人たち」「第六章 地獄からの生還者たち」であろう。古来、地獄絵というものはそれを観ること、またそこに語りを付与することで発展してきた。つまり、鑑賞者あってはじめて地獄絵は成立するのである。そうした前提をふまえ、著者は地獄絵を鑑賞した人物や、実際に地獄を体験してきた人物について紹介する。『枕草子』作者の清少納言が地獄絵を怖がった話は有名だが、ほかにも地獄にまつわる記録は後を絶たない。地獄絵を観ただけでなく、実際に体験した者もいたというのだから、その信憑性はいよいよ高まっていたのだろう。

本書では終始一貫して、常に「鑑賞者」すなわち「まなざし」の存在を読者に示唆することを怠らない。描かれている罪人に対する感情移入はもちろんのこと、目の前で繰り広げられている刑罰の場面が現代の我々にはどのように映るのか、その視点を逐一提示してくれる。「地獄の釜茹で」ひとつとっても、ただ熱くて苦しいという解釈の先に、身体がドロドロに溶けてしまうことによる個の消滅の苦悩があると著者は読む。そのようにして、今も昔も人間の精神は変わらず、地獄という思想が決して古くさいものではないと気づかされるのである。

その証左として、本書の終章では近代の地獄イメージについてもふれる。著者は『地獄』と名を冠した映画として、中川信夫監督作品(一九六〇)、神代辰巳監督作品(一九七九)をあげているが、私としては、ぜひともここに一九九九年に公開された石井輝男監督の『地獄』も付け加えたいところである。平成の世に実際に起きた凶悪な事件を地獄で裁くという構造は、いかにも地獄のもつ機能を存分に活かしていて興味深い。

さて、冒頭でもすでに述べたが、人間は地獄に心惹かれずにはいられないらしい。それは、著者が書中で何度も繰り返し述べているように、「暴力とエロス」の欲動が解放された世界だからにほかならない。人間がなした悪を戒める場面は、裏返せばそれだけ人間が悪を抱えているとも読み解ける。生前の悪行を映す「浄頗梨の鏡」ではないが、地獄というメディアは、どの時代も常に我々人間の深層を映し続けているのである。まなざしが多様化した現代にこそ、本書を片手に、いま一度地獄を覗いてみてはいかがだろうか。
この記事の中でご紹介した本
地獄めぐり/講談社
地獄めぐり
著 者:加須屋 誠
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
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