AX アックス 書評|伊坂 幸太郎(KADOKAWA)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月7日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

AX アックス 書評
伊坂 幸太郎著『AX』

AX アックス
著 者:伊坂 幸太郎
出版社:KADOKAWA
このエントリーをはてなブックマークに追加
AX アックス(伊坂 幸太郎)KADOKAWA
AX アックス
伊坂 幸太郎
KADOKAWA
  • オンライン書店で買う
 「玄関ドアに鍵を差し込む。ゆっくりと入れたにもかかわらず、がちゃりと響くのが、兜には忌々しくてならない。音が鳴らない鍵が開発される日は来ないのか」この冒頭の一節を読めば、伊坂ファンはにやりとするに違いない。また愉快な犯罪小説が始まったと。伊坂と言えば、軽快な文体と憎めない殺し屋の話だ、と想像する人も少なくないだろう。

しかしこの冒頭の「玄関ドア」は〝自宅の〟ドアである。深夜の物音で妻が起きてしまったら大変なことになる。大変なこととはつまり、翌朝「彼女の吐いた溜め息が積もって、床が見えなくなる」状況のことである。兜は業界でも有名な殺し屋でありながら、大の恐妻家だったのだ。普段は文房具メーカーの営業マンとして働き、その傍ら殺しを行う。そして家には、さっぱりとした性格の一人息子と、「虎の尾ならぬ妻の尾」を家の床中に這わせた妻が待っている。充実したサラリーマン生活を送っていたともいえる。しかし彼は、殺し屋としての生活を辞めたいと思っていた。兜を殺し屋として利用し続ける冷酷な雇い主に対して、兜は一世一代の大勝負をかける。

兜は一見、妻に怯えながら暮らしているように見える。物理的には妻よりはるかに強いはずなのに、なぜそこまで気を使って生活しているのか。そこには兜の人生の喜びが詰まっている。「ぬかるんで歩きにくい道ばかりだ、と思っていたが、横を見やればほかの人たちはみな、舗装された道を歩いている。/ずっとこのままなのだろうか、と浮かんだ疑問を自身ですぐに消す。ずっとこのままに決まっていた」 そう思っていた矢先に「キッズパーク開園」のチラシを差し出された。「いいお父さんになれそうだけどね」と馴れ馴れしく話しかけた女性。兜の人生とは無縁だった温かさが、彼の真っ暗な人生を反転させたのである。兜は物語の冒頭から奥さんのご機嫌を取り続けている。だから私達はつい、彼も家族という不自由な幸せを抱えて生きていると勘違いしてしまいそうになる。しかしそうではない。彼にとっての家族は、後ろ暗い人生の唯一の光だったのだ。殺し屋として名を挙げた兜がいつも想ったのは家族のことだった。

私たちは、今目の前に提示されているものだけで相手のイメージを作りがちだ。兜は家族を愛しているごく普通のサラリーマンである。そんな彼の普通でない点は、彼が名の知られた殺し屋だということだ、と。しかし真実はそうではない。兜はずっと後ろ暗い人生を送ってきた。その中でたった一つだけ手に入れた普通の幸せが家族だったのだ。白い道に黒い点があったのではなく、黒い道にたった一つの白い光があったのである。彼が家族を大事にすればするほど、彼の生きてきた人生、暗い側面が浮き彫りになっていくのは哀しい不思議だ。それは、強い斧(AX)にばかり焦点があてられるカマキリが、実態は小さな虫として一生懸命生きている様に似ている。
この記事の中でご紹介した本
AX アックス/KADOKAWA
AX アックス
著 者:伊坂 幸太郎
出版社:KADOKAWA
以下のオンライン書店でご購入できます
「AX アックス」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 日本文学 > ミステリー関連記事
ミステリーの関連記事をもっと見る >