小谷野敦×倉本さおり対談 〈芥川賞について話をしよう〉 第十六弾|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月13日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

小谷野敦×倉本さおり対談
〈芥川賞について話をしよう〉 第十六弾

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第2回
厳しすぎる――『百の夜は跳ねて』

百の夜は跳ねて(古市 憲寿)新潮社
百の夜は跳ねて
古市 憲寿
新潮社
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小谷野  
 話題の古市憲寿『百の夜は跳ねて』はどうですか。選考委員の意識が「古市憎し」に凝り固まっていた感じがしませんか。私から見てもちょっと厳しすぎます。
倉本  
 私もそう感じました。小谷野さんは、作品自体はどのように評価されましたか?
小谷野  
 緻密に書けているし、ディティールもそんなに嫌味じゃない。傷になる部分はあるけれど、前回の候補作『平成くん、さようなら』よりも、かなり良く書けた作品でしょう。
倉本  
 古市さんはデビュー作「彼は本当は優しい」から数えると三作目ですが、単純に小説としての巧さという点では前回から大化けしていますね。『百の夜は跳ねて』は有名大学を卒業しながら就職活動に失敗し、高層ビルの窓ガラス清掃業を選んだ「僕」こと翔太が語り手です。ある日、タワーマンションに住む老女から、謝礼と引き換えに窓の内側の様子を写真に撮ってくるよう頼まれる。そこから生活に向ける意識がすこしずつ変化していくというストーリーですが、選評では奥泉光さんのいうとおり、評価するコメントがほとんどなかった。
小谷野 敦氏
小谷野  
 参考文献にある小説、木村友祐「天空の絵描きたち」の利用法を問題視し過ぎですね。実際に、「天空の絵描きたち」を読んでみると、全然テイストが違う。木村のは窓拭き職人としての矜持を描いた人情小説で、どちらかといえば直木賞的です。いかにも群像ドラマの趣があり、その点でも全く違う。それと『百の夜は跳ねて』はいきなりフェラチオのシーンから始まる。そこに、二人の違いが如実に現れている。

だけど、作品を未読の人が先に選評を読んでしまうと、「下敷きのある小説だ」と思ってしまう。選評自体がそう思わせるのはよくないと、私は思いますね。
倉本  
 実際にSNSでも、作品を読んでいない人たちが選評の中の激しい言葉だけを切り取って「古市、パクり」みたいな書き込みをしていますが、今回の参考文献問題は北条裕子『美しい顔』のケースとは事情が全く違う。「下敷きにしていることを示しているから文句は言わせない」といったいやらしさとは無縁のように感じました。あくまで取材に協力してもらった木村さんに敬意を表して参考文献にも挙げています、といった感じ。
小谷野  
 疑問なのは、前回の選考会でもあれだけ批判された古市憲寿を、なぜまた候補にしたのか。
倉本  
 個人的には木村さんの小説のほうが好みなんですが、古市さんの小説に描かれている、というか滲み出してしまっている、ある種の無機質な価値観のようなものが、一定の世代以降の人たちにとってはリアルだという気持ちも私にはわかるんです。微妙な表現のニュアンスに上から目線を嗅ぎとって批判している人が多かったですが、古市さんの眼差しにはある意味、上も下も無い。いうなればすべてが同列、本当に物と人が同価値、同距離に見えている。つまりいやらしいんじゃなくて、ただただ鈍い(笑)。
小谷野  
 参考文献といえば、アンデルセン『雪の女王』も挙げているけれど、『雪の女王』でいうところのカイ、翔太の目から何かが取れて家に帰った感じはせず、アンデルセンの小説をあまり上手く下敷きにできていない。また、誰かの依頼を受けて代行するというストーリーは、蓮實重彥『小説から遠く離れて』で指摘されたのと同じ構造です。読み終わった後になんだか虚無感が残る。その意味では、小説としてあまり良くないのかもしれない。
倉本  
 私が古市さんの作品に感じたのは、最初から最後まで徹底した他者っぷりがすごいということです。フェラチオされてその女性と気持ちが通い合うのかというと、ぜんぜん通い合わない。キスをすげなく拒否される。老女と翔太の会話も終盤まではほとんど噛み合いません。死んだ先輩の言葉が地の文の随所に挿入されていますが、それは会話の形ではなく、主人公が彼の言葉をモノローグとして内面化して響かせているだけです。その一方通行的な感じも、コミュニケーション不全ぶりを表している。個人と個人が繋がることができず理解しあえない、他者のままでしか存在できない。そんな都市生活の姿が表れているように感じました。さすがにクライマックスは安直すぎだと思いますが、オチの付け方をもっと粘り強く工夫していたら、ここまで厳しい選評にはならなかったのでは。

今回の作品は前作の評価を受け、その傾向と対策で小説をつくりこんでいる感じがありますよね。古市さんが変に意固地にならず、この方法を本当に徹底的にやり続けることができてしまったら、今後の受賞の可能性も意外とゼロではないような気もします。
小谷野  
 う~ん、どうですかね……。無理なんじゃないかな。
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この記事の中でご紹介した本
むらさきのスカートの女/朝日新聞出版
むらさきのスカートの女
著 者:今村 夏子
出版社:朝日新聞出版
「むらさきのスカートの女」は以下からご購入できます
百の夜は跳ねて/新潮社
百の夜は跳ねて
著 者:古市 憲寿
出版社:新潮社
「百の夜は跳ねて」は以下からご購入できます
カム・ギャザー・ラウンド・ピープル/集英社
カム・ギャザー・ラウンド・ピープル
著 者:高山 羽根子
出版社:集英社
「カム・ギャザー・ラウンド・ピープル」は以下からご購入できます
五つ数えれば三日月が/文藝春秋
五つ数えれば三日月が
著 者:李 琴峰
出版社:文藝春秋
「五つ数えれば三日月が」は以下からご購入できます
ラッコの家/文藝春秋
ラッコの家
著 者:古川 真人
出版社:文藝春秋
「ラッコの家」は以下からご購入できます
「ラッコの家」出版社のホームページはこちら
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