検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか 書評|田中 利幸( 三一書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか 書評
矛盾を内包する憲法がなぜ制定されたか
神と人間の中間的存在を強いられつづけた天皇

検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか
著 者:田中 利幸
出版社: 三一書房
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 この数年、「戦後民主主義」とは何だったのかが改めて問われている。すでに著者は日本の侵略戦争が生み出したアジア・太平洋地域のさまざまな犠牲について多くの研究を発表してきた。Comfort Womenについての英文の大著は、アメリカ議会が「慰安婦問題」を取り上げるキッカケになったし、空爆と原爆の研究は外国の研究者たちとの、また、大量虐殺の研究は日本の研究者たちとの共同研究でなしとげた。その結果、戦争と虐殺の研究においてYuki Tanakaの名は国際的にも認知されている。本書はこれらの研究の蓄積の上に立って、「わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか」(副題)を追及したものである。

著者は戦後民主主義の出発点であるはずの日本国憲法のなかに、象徴天皇制と平和主義(憲法前文と第9条)との間の矛盾が潜んでおり、そのことが現在にいたるまで、戦争責任問題の解決を不可能にしている根本的原因であると喝破する。なぜ、このような矛盾を内包する憲法が制定されたのか。それは米国政府と占領軍司令官マッカーサーが戦後日本の統治の鍵は天皇制の温存にあるとみて、天皇裕仁の戦争責任を免責することを目的としたからである。天皇の戦争責任免責や天皇制温存に否定的であったオーストラリア、ソ連、ニュージーランド、カナダ、オランダなどの主張を東京裁判開廷までに退けるために、大元帥を平和主義者に変身させ、憲法前文に普遍的平和主義を、第9条に非武装主義を掲げたのである。こうして天皇は「天から途中まで降りてきた」(ジョン・ダワー)段階で宙吊り状態となり、神と人間の中間的存在を強いられつづけた。そのため天皇は人間としての「自由」と「基本的人権」が与えられないという、世界でも他に例を見ない「象徴天皇制」が成立した。著者は、改憲派が日本国憲法は米国からの「押し付け憲法」だと主張しているのに対し、事実は「裕仁/天皇制救出憲法」と称すべきであるとし、日本国憲法は「押し付けられた」結果の妥協の産物ではなく、本質的には「日米合作」であるとする。

同様に、原爆投下も日米の合作であった。米国の投下の政治的目的は、ソ連の参戦以前に、かつ、日本の降伏以前に原爆を投下することによって、原爆所有国家として世界(とくにソ連)に対し絶対的優位に立つことにあった。トルーマン米大統領は日本の降伏を一日でも遅らせるため、ポツダム宣言の「草案」にあった「国体護持」を降伏条件から削除し、日本が受諾しにくい無条件降伏に代えた。こうして8月6日に広島にウラン型原爆を投下した。ソ連は参戦を予定より早め、八月九日午前零時近くに参戦すると、その日に二発目のプルトニウム型原爆を長崎に落下した。広島の死者(推定)は一九四五年内に一四万人、5年以内に二〇万人、長崎では同じく九万人、一四万五千人に及んだ。著者は日本には「招爆責任」があり、米国には「日本招爆画策責任」があり、日米は結果的には「共犯関係」にあったとする。戦後、全国巡幸の一環として広島を訪問したさい、天皇は慈愛に満ちた恩寵として被爆者を含む五万人の市民から熱狂的に迎えられるという逆転幻想が生じ、天皇の戦争加害者としての責任は完全に隠蔽された。さらに天皇は「お優しい」性格の故に軍人や政治権力者に利用された「戦争被害者」とする像が拡大・定着する。

天皇の「象徴権威」の現代的活用は、天皇明仁の「慈愛表現」活動として戦没者の慰霊、自然災害被災者や難病患者の激励にみられる。彼らの活動は国民の皇室への評価を高めたと賛美されている。だが、注視してほしい二つの例を本書からあげよう。パラオ・ペリリュー両島への二〇一五年四月の「慰霊の旅」は、島民犠牲者の慰霊はもともと視野に入っていなかった。天皇は日本軍と米軍の戦死者数をあげ、「太平洋に浮かぶ美しい島々でこのような悲しい歴史があったことを、私どもは決して忘れてはならない」(天皇のパラオ出発前の言葉)といっているのである。こうして日本軍の侵略による島民の犠牲に関する責任が曖昧にされる。また、福島原発事故による放射能汚染の深刻な川内村を天皇夫妻が訪問し、住民に放射能線量について質問し、「それなら大丈夫ですね」と応えた。住民は彼らの健康を心配する天皇・皇后の優しい言葉と彼らの高さに合わせる目線に感激して涙を流し、二人が去ったあと、これだけ「慈愛」を受けたのであるから仮設住宅の苦しい生活に苦情を述べるのではなく、問題を自分たちで解決していこうと発奮する。こうして事故を起こした東電の責任も、原発関連大企業や日本政府の責任も、天皇が福島に出現したことにより全て曖昧にされる。明仁夫妻の慰霊・慰問も敗戦直後の天皇裕仁の巡幸の延長線上にあるもので、その本質は変わらない。

この数年、安倍政権があまりにも非民主的、強圧的であり、戦争責任について一顧だにしないのを反映してか、平成天皇夫妻にたいするジャーナリスト、評論家をはじめとする国民の賛美の声が強くなっていた。とくに代替わりの本年に入るとその賛美の声は一層強くなった。それはちょっと異常ではないかと感じた方に、本書を薦めたい。平成天皇夫妻を絶対的に賛美している方には、絶対本書を読んで欲しい。
この記事の中でご紹介した本
検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか/ 三一書房
検証「戦後民主主義」 わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか
著 者:田中 利幸
出版社: 三一書房
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