ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成 書評|吉本 隆明(論創社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成 書評
吉本が『ふたりの村上』を書かなかった必然
文学の、「現在」から「現実」への逃避

ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成
著 者:吉本 隆明
出版社:論創社
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吉本隆明は生前、『ふたりの村上』という、百五十枚ほどの書き下ろしの論考を準備していた。都合で、結局は書かれぬままに終わったが、題だけが残された。本書は、むろん、その時のものではなく、吉本氏のさまざまな論考のなかから、村上龍、村上春樹について言及した部分を、丹念に集めたものだ。時評、書評、論文のなかから抜いたものだから、統一感はなく、長期間にわたっているから、視点や論点もバラバラだ。だが、一九二四年生まれの文芸批評家(詩人、思想家でもある)が、子どもの世代に近い、若い作家の作品に注目し、アクチュアルな文芸批評を試みようとしていたことは確かだ。吉本氏にとって現代文学とは、〝ふたりの村上〟によって代表されるものだった。

吉本氏にとって、彼らの作品は「現在」そのものを表象した。「わたしは『現代』からことさら『現在』を際立たせたいときは、『現在』を、国民の平均所得の半分以上が消費支出になってしまった以後とかんがえることにしている」と書く。これを高度資本主義社会と言い換えてもいい。むろん、この文章から二十年以上も経った今は資本主義もかなり変貌したと思わざるをえないが、高度資本主義が実現させた消費文明社会の「現在」的状況は大きく違いはない。〝ふたりの村上〟は、「敗戦後」の絶対的な窮乏から逃れ、個人の消費の欲望が肉体的現実から切り離されて社会に浮遊する最初の世代なのだ。

そうした「現在」への作家の対し方は、これまでの文学とは明らかに異なる。龍の『五分後の世界』や春樹の『ねじまき鳥クロニクル』は、現実世界からちょっとだけずれた「現在」を描く。それは荒唐無稽で非文学的な物語かもしれない。だが、「現在」を描こうとすれば、リアリズムやドキュメンタリー的な方法などでは、もはや不可能なのだ。「現在」の文学作品は「境界性のフィクションから成り立」つ。それは「いつでも現実のほうへ(側へ)解体できるようなフィクションということ」だ。現実の解体や社会的変革を求めた文学(フィクション)の時代は終わった。文学の方こそ解体されるべきであり、それが「現在」を描くことなのだ。

ここから、本書の最後に付された「村上春樹『アンダーグラウンド』批判」という、やや毛色の変わった論考が書かれた。そこで吉本氏は、これまで春樹作品を相対的に高く評価していたのに反し、言葉を糖衣にくるんでいるものの、激しく批判する。それは春樹がオウム真理教事件のドキュメンタリーを書くのに、「正義」や「世論」を味方につけようとしたからだ。地下鉄サリン事件が画期的なのは「平穏な日常生活を昨日とおなじように送っていた、何の憎しみも対立も、関係もない一般の市民が、世界的な大都市のさ中で、まったく予期も予想も成り立たぬのに、大量に殺傷されることがありうること」を示したからだ。人間の深層心理に潜む「やみくろ」といった「憎しみ」の塊が引き起こしたと考える春樹は、安易に「正義」や「世論」の側に寄りかかる。しかし、麻原彰晃が実行犯たちを使嗾し、命令した確たる証拠がない以上、彼らは「何の憎しみも対立も、関係もな」い、一般市民たちを大量に殺戮した。尊師が「殺せ」とも「殺すな」ともいわずとも、彼らは殺したのだ。それが「現在」の思想的、宗教的な事件を考える前提なのだ。「憎しみ」や「悪意の命令」や「無責任体制」があろうとなかろうと、それでは事件の本質は解明されない。むしろ、フィクション(思想、宗教)が解体したところからこの事件は始まっている(そして、これに続く多くの大量殺人事件も)。

吉本氏が『ふたりの村上』を書かなかったのは必然だ。〝ふたりの村上作品〟は、「現在」から「現実」に逃避した、つまり資本主義の「正義」や消費社会の「世論」に迎合したからである。
この記事の中でご紹介した本
ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成 /論創社
ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成
著 者:吉本 隆明
出版社:論創社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ふたりの村上 村上春樹・村上龍論集成 」出版社のホームページはこちら
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