教師人生 書評|フランク・マコート(国書刊行会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

教師人生 書評
葛藤の「教師人生」とそのただ中を行く「何百人もの生徒」を描いた書

教師人生
著 者:フランク・マコート
翻訳者:豊田 淳
出版社:国書刊行会
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私は本書の著者とほぼ同じ年齢の時に、高校国語教師になった。したがって程度の差はあれ、ここに書かれている高校生の、教師を当惑させる言動は実感できることである。国語(アメリカでの英語)教師として何が求められていたのか。それが教育委員会(国家)、家庭、生徒、さらには教師自身で違っていることにはすぐ気づく。本書はその葛藤の中での「教師人生」を綴ったものである。本書は著者が教師人生を終えるところで結ばれるが、その最後に、自分を引き継ぐ「若い代用教員」がアドバイスを求めたことが書かれている。答えはこうである。「教室は質の高いドラマが行われる場所だ。何百人もの生徒が行き来する。教師は彼らに対して、あるいは彼らのために何ができたかはわからない。生徒が教室を去っていくのを見るだけだ」。この答えから推察できるように、本書は、自分の人生とその真っただ中を行く「何百人もの生徒」を描いた書である。

著者は年間優秀教師にノミネートされたという。本書には保護者が書くべき欠席理由を生徒自身が代筆しているという事実を踏まえての作文教育、料理本での国語(英語)教育の実践など、いくつもの教育実践での成功例が記録されている。このことで言えば、本書は教育実践の指針書として読むこともできるかも知れない。しかし、それは著者の望むところではないであろうし、一般読者の関心を引くところでもないであろう。

本書には著者が学んだニューヨーク大学での思い出として、教師はどうあるべきかを得々と語る教育学教授に、ある女子学生が、「先生、どれだけの高校で教えたのですか?」と質問して立ち往生させたことが語られている。教育はさまざまなものを背負った生の人間との関係の中で成立するもので、一つの理論や教育法では対応できない。教育はすべてが個々の実践そのものである。そうであれば、著者の教育の成功例も模倣できるものではない。本書を教育法の教科書としてはならない理由がここにある。

ニューヨーク大学での出来事に対応した答えが本書の末尾にある。「先生は本を書くべきよ」「よし、書いてみよう」。教育法は実践の中でしか見つからないのであれば、作文教育をする著者はみずからが、本書のような「作文」を書かねばならなかったのである。

かつて、日本に「生活綴方」運動があった。これに携わった教師の奮闘も感銘を与えるものであるが、それよりも重要なのは、多くの生徒の綴方、そのものなのであろう。本書に生き生きと描かれた民族、生活環境の多様な生徒たちの記録、それに翻弄されながら、ある時は赤裸々な女性との関係さえ書いた著者自身の「人生」の記録、常に教師から足を洗いたいと告白する「優秀教師」の生き方、読者はそこにこそ本書の価値を見つけるはずである。それにしても昨今の管理教育強化は本書の魅力と逆行するものに違いない。
この記事の中でご紹介した本
教師人生/国書刊行会
教師人生
著 者:フランク・マコート
翻訳者:豊田 淳
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
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