日本SF誕生 空想と科学の作家たち 書評|豊田 有恒(勉誠出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月13日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

日本SF誕生 空想と科学の作家たち 書評
混乱と熱狂の時代を垣間見る
第一世代が、SFを日本に根づかせるまでの回想録&交友録

日本SF誕生 空想と科学の作家たち
著 者:豊田 有恒
出版社:勉誠出版
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中国のSF作家劉慈欣の『三体』が刊行から即、十万部超えのベストセラーを記録するなど、二〇一九年はSFが沸いている。そんな最中に刊行された本書は、いわゆるSF第一世代、星新一、筒井康隆、小松左京、光瀬龍、平井和正らが活躍し、SFを日本に根づかせるまでの熱狂の時代(主に、一九五九年〜国際SFシンポジウムが日本で行われた一九七〇年まで)を振り返る、回想録&交遊録といった体裁の本である。著者は、同じく第一世代作家に属する豊田有恒だ。今でこそ誰もが多かれ少なかれ認知している日本SFだが、第一世代作家らが世に出る前、一九六〇年代以前は、「日本SF」といえるほどのものは存在しない冬の時代であった。

それ以前にSFがなかったわけではない。海野十三、南洋一郎などの書き手がいて、作品もあった。が、当時の認識としては「西部小説とSF小説を出版すると、その出版社は倒産する」ジンクスがあったぐらいの日陰ジャンル。その状況を大きく変えるのが、一九五九年に早川書房から創刊されたSF月刊誌『SFマガジン』、その二年後にはじまる第一回空想科学小説コンテストなのである。後にSFコンテストと改名されるこの新人賞で、小松左京、光瀬龍、眉村卓、豊田有恒といった、時代を塗り替えていくSF第一世代の面々が出現することになるのだ。

こうした時期から、豊田青年の日々が赤裸々に語られていくわけだが、これがまた驚きのエピソードの連続だ。たとえば、まだSFコンテストに佳作入選したばかりの豊田青年が手塚治虫にコンタクトをとり、この作品を漫画にしてくださいと直接お願いしにいく(今は漫画にできないけど、いずれ出版社に紹介してあげましょうと丁寧に返答してもらい、実際に紹介してもらったのだという)。

豊田青年が講談社からSF長篇を依頼され、アイデアを出したらそれが漏れ伝わってSFマガジン編集長だった福島正実から「SFマガジンに書き給え」と言われ従わざるを得なかったとか。設立されたばかりのSF作家クラブでは、星新一と小松左京は同じ車に乗せない不文律があった(二人の身に何かあったら、SF界が崩壊してしまう)など、当時の混乱と熱狂を垣間見る感覚が浮かび上がってくる。

筒井が豊田に対して熱心に勧めた『東海道戦争』や『ベトナム観光公社』のタネ本についてであったり、星新一は小松左京に匹敵するほどの博覧強記でありながらも作品に一切その教養、博識を入れなかったことが凄い、という指摘など、当時を色濃く共に過ごしたからこその、第一世代作家評が挟まれていくのも読みどころ。

第一世代を振り返る上で外せないのは、その距離の近さだろう。SFが白い目でみられていた時代だから、作家とファンの関係性が近いだけでなく、作家同士の交流も深かった。豊田宅を溜まり場にして麻雀に興じ、星、小松、筒井の(麻雀の)打ち筋がどう分かれていたかなど、いってしまえば大したことのないエピソードも多い。だが、当時を知る者が一人、また一人といなくなってしまう昨今においては、そういうなんてことのない日常の情報が、とても身に染み渡るのだ。
この記事の中でご紹介した本
日本SF誕生 空想と科学の作家たち/勉誠出版
日本SF誕生 空想と科学の作家たち
著 者:豊田 有恒
出版社:勉誠出版
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