鋼鉄のシャッター 書評|パトリック・ライス(コスモスライブラリー)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

パトリック・ライス著『鋼鉄のシャッター』

鋼鉄のシャッター
著 者:パトリック・ライス
出版社:コスモスライブラリー
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 「北アイルランド紛争」は、1970年代~1997年まで北アイルランドにおいて、カトリックとプロテスタントの間で起こった戦いである。著者はその紛争のさなかにいる両者を含んだエンカウンター・グループを試み、その様子を映画として収めた。本書はその映画の内容(グループの実際の様子)と、グループ実施前後の出来事を論文としてまとめたものである。

グループは9人のメンバー(プロテスタント5名、カトリック4名)と3人のファシリテーターによって構成されていた。メンバーは3日間にわたり、およそ24時間をともに過ごした。始めの数時間、メンバーは激しい暴力にまみれた、死と隣り合わせの自分たちの生活と、グループへの参加理由について話した。たとえば、死体安置所で、暗殺された息子の遺体に覆い被さって泣く父親の話などが含まれていた。

しかし、そこに彼らの感情はほとんど表れず、事実だけが淡々と語られた。のちに、ある参加者が自分の感情を抑える必要性について話し始めたことをきっかけとして、彼らが心を開いて対話を行う道が開かれた。

「『こんなことを話すときには私たちは自分の感情をどこかに押しのけ、後ろの方にすっかり追いやらなければならないんだ。もし、感情の中に長く居座っていると、自分がこなごなに砕けてしまうからさ』(略)『みんな心の中に降ろす鋼鉄のシャッターを持っているんだ。頭の中に降ろすシャッターでもある。私の中にはこの鋼鉄のシャッターがあるのがわかる。本当の自分はこのシャッターの向こう側に隠れているんだ』…」

鋼鉄のシャッターというのはおそらく、精神分析における防衛機制の「抑圧」にあたる。私たちは、自我の安定を脅かす観念や衝動(たとえば不安)を、意識から閉め出して無意識へと追いやる。これは社会で生きていくうえで不可欠なものだが、それに頼り過ぎると、人生の楽しみを味わうことができなくなってしまう。

本書を読む以前は、鋼鉄のシャッターとはベルリンの壁のような、北アイルランドを物理的に隔てるシャッターだと思っていた。しかし、本書で実際に描かれていたのはもっと繊細なシャッターだった。

個人的な意見だが、エンカウンター・グループはメンバー内で共通のテーマがみつかるとセッションが促進されるように思う。自分が以前参加したときは「機が熟すのを待つ」ことと、「世代間継承」がテーマで、それが発見された際に議論が白熱した。

ここからメンバー間の感情的な交流が盛んになり、プロテスタント者がカトリック者に理解を示す場面も見られるなど、エンカウンター・グループはうまくいったかのように思われた。しかし、その後の経過をたどってみると、必ずしもそうとは言えない状況が著者を待っていた。何人かのメンバーは二つの宗派の相互理解と和解に向けて精力的に活動するようになったが、一部の者は敵対者に共感を示したことで仲間から非難されることをおそれ、グループでの出来事を後悔していた。当時出来上がったばかりの映画は限られた条件下で上映されていたが、視聴者には参加者の名前と顔がわかるようになっていたからだ。

カール・ロジャーズが冒頭で述べている様に、「激しい敵意とか葛藤を解決するためには、たとえ小規模でも、危険をのりこえてゆく勇気が必要」なのだろう。このように生死に関わるほど相互に憎しみ合っている人たちが心を開いて語ることができたのに、それと比べて非常に平和な時代を生きている私たちがどうして分かり合えないのか、と考えさせられる。単にグループの事例の1つとして役立つだけでなく、グループや人間の可能性を読者に伝え、私たちを取り巻く憎悪や偏見に切り込んでいく勇気を与える書籍であると思う。
この記事の中でご紹介した本
鋼鉄のシャッター/コスモスライブラリー
鋼鉄のシャッター
著 者:パトリック・ライス
出版社:コスモスライブラリー
以下のオンライン書店でご購入できます
「鋼鉄のシャッター」出版社のホームページはこちら
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