バタイユと芸術 アルテラシオンの思想 書評|酒井 健(青土社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

バタイユと芸術 アルテラシオンの思想 書評
思想形成の軌跡を実証的に追跡する
無為の思想家バタイユを読み直す

バタイユと芸術 アルテラシオンの思想
著 者:酒井 健
出版社:青土社
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社会の中で人文学(文学や思想を読み、書き、研究する営み)の存在が問われるようになって久しい。その研究は何の役に立つのか、目的と期待される成果を述べよ。こうした問いに何らかの有用性をもって答えることがいつの間にか当たり前になってしまった。もちろん、最も説得的で即効性があるとされる有用性は「経済効果」だろう。

いっそ人文学など潔くなくなってしまえばいいし、そうなって困るのは一部の人々、人文系の大学教員と出版社ぐらいだと軽口を叩く御仁もいるかもしれない。しかし、人文学の軽視はそのまま昨今の人間をめぐる誰何、つまり、一人の人間の存在理由を何らかの有用性との関わりで考えようとする傾向と無縁ではない。人間が「人材」「消費者」「労働力」「生産性」といった言葉で容易に言いかえられる世界では、これらのカテゴリーから外れる人間は無用な人間となる。カフカの『変身』の主人公ザムザが毒虫に変身するや、職場はおろか家族内での存在理由もあっけなく失ったことが無情にも思い出される。

ザムザが辿った悪夢のような状況が地球全土に広がりつつある現在だからこそ、無為をその思想の核としたジョルジュ・バタイユを今一度読み直す必要がある。バタイユがどのように人間をその無為のままに、その非-有用性において肯定して見せたのか。本書もまた人間存在の核心をめぐるこの問いに鋭敏な洞察と思索を向けている。

三十年近くにわたって日本にバタイユを紹介し続けてきた酒井が本書で取り上げるのは、バタイユ思想における芸術観、とくには、そこに見られる「アルテラシオン」という操作概念である。この概念は同質性から異質性への転落、すなわち、経済的な有用性の網目に組み込まれた存在から、その網目を逃れる無用な存在への「変質」のことである。バタイユはこの変質後の姿、すなわち一切の有用性による正当化を受けつけない、その赤裸の無用な姿こそが、人間存在の本質であり、人間性の核心だと見る。思うに、この「アルテラシオン」とはザムザの毒虫への「変身」と響き合う概念なのである。

本書の「まえがき」では、バタイユが雑誌『ドキュマン』に発表した論文を中心にバタイユの芸術観を探るという展望が控えめに提示されているが、その実、本書は第二次世界大戦前のバタイユの芸術観にとどまらず、人類学や社会学といった当時の文化状況を踏まえつつ、『ドキュマン』から「交わり」の思想家へと至る、戦前のバタイユの活動と思考の軌跡がつぶさに描き出されている。

具体的に言えば、ロシア人思想家シェストフ、同時代の前衛を進む芸術運動シュルレアリスムといった当時の思想・文化運動を若きバタイユがいかに貪欲に吸収し、その論理をより徹底させ、ついにはそれらを「アルテラシオン」させるかたちで独自の思想を形成していったのか、その道行きが実証的な仕方で追跡されている。

それにしても、本書の巻末に用語集を付けるという教育的配慮からも明らかだが、近年の酒井の著作には若い読者に向けてバタイユの思想を届けることが強く意識されているように思われる。経済と技術の論理がはりめぐらされ、芸術すらも市場原理に飲み込まれているこの現代世界において、彼らが生き延びること、人間であり続けながらサバイブするための方法を伝えるという使命感が著者を突き動かしている。それは読者への呼びかけの言葉にも判明に見て取れる。

博物館入りした過去の遺物、ないしは、ガラスケースの中に入れられた知的鑑賞物としてではなく、まさに現在を「人間」が生きるための思想としてバタイユを召喚する著者の姿は、人文学が有用性とは別の仕方で人間を定義しようとする、人類の努力と叡智の脈々たる継承であったことを思い出させてくれる。人文学と芸術の可能性と未来はこうした方向に探されねばなるまい。
この記事の中でご紹介した本
バタイユと芸術 アルテラシオンの思想/青土社
バタイユと芸術 アルテラシオンの思想
著 者:酒井 健
出版社:青土社
以下のオンライン書店でご購入できます
「バタイユと芸術 アルテラシオンの思想」出版社のホームページはこちら
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