黄 書評|雷 鈞( 文藝春秋 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月14日 / 新聞掲載日:2019年9月13日(第3306号)

黄 書評
熱意に満ちた中国ミステリ
読者への挑戦状――「叙述トリックにご注意を。」


著 者:雷 鈞
出版社: 文藝春秋
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黄(雷 鈞) 文藝春秋

雷 鈞
文藝春秋
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 謎解きミステリとは作者と読者の知恵比べである。この原則を徹底的に突き詰め、読者に挑戦状を叩きつけるのが『黄』という小説だ。

冒頭から作者の姿勢は挑発的である。それは前書きのこんな文章に表れている。

「この小説には一つ叙述トリックが含まれている。ご注意を。」

叙述トリックとは、読者が事実を錯覚するような仕掛けを記述の中に施したものを指す。叙述トリックが仕掛けられている事を予め教えるのは、読者の興を削ぐことになりかねない行為だ。しかし作者は敢えて堂々と本書が叙述トリックを使った小説だと宣言する。当てることが出来るものなら当ててみろ、と言わんばかりの態度に、読者の方も躍起になって真相を当てようとするに違いない。小説の一頁目から、作者と読者による戦いのゴングが高らかに鳴り響くのだ。

物語の主人公は馮維本(フォンウェイベン)ことベンヤミン・フォン・ヴィトシュタインという盲目の学生である。ベンヤミンは幼い頃、中国の孤児院で育てられていたが、ドイツにいる富裕層の夫婦に引き取られて教育を受けた。長らく故郷を訪れていなかったベンヤミンだが、ある事件に興味を持ったことをきっかけにインターポール捜査官の温幼蝶とともに中国の黄土高原へと向かうことになる。

ある事件とは高原の小さな農村で、小光という六歳の少年が木の枝で両目をくり抜かれるという凄惨な内容のものだ。最重要容疑者として少年の伯母が浮上し地元警察が追及するが、彼女は村にある井戸の中から死体となって発見された。

物語は黄土高原におけるベンヤミンの行動と、孤児院時代の光景が並行しながら進んでいく。語り手の設定、舞台設定など、小説内における記述全てが疑わしいものに見える。それと同時に、謎解きミステリを読み込んだ読者ならば「ここにはこういう仕掛けがあるのではないか」という推論がいくつも思い浮かぶはずだ。しかし作者が宣言した叙述トリックはたった「一つ」なのである。この点に関して作者はあくまでフェアに、かつ細心の注意を払って宣言の内容を守りつつも、新鮮な驚きを読者に提供しようとする。「もう大概のトリックでは驚かないよ」と思っている人、すれっからしのミステリ読者を自認する人ほど本書は楽しめるようになっているのだ。

『黄』は中国で書かれた長編謎解きミステリに与えられる噶瑪蘭(カバラン)・島田荘司推理小説賞を二〇一五年に受賞した。陸秋槎『元年春之祭』(ハヤカワ・ミステリ)をはじめ、本格謎解きの様式美を自覚的に取り込み、創意工夫を持って発展させようという意気込みに満ちた中国語圏のミステリが近年活発に紹介されているが、本書も間違いなくその系譜に入るものだ。謎解き小説の形式への飽くなき熱意を受け止めるだけでも、本書には十分な価値があるだろう。
この記事の中でご紹介した本
黄/ 文藝春秋
著 者:雷 鈞
出版社: 文藝春秋
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