九〇年代の遺産としての自由――内戦ー浄化に至る――|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月18日 / 新聞掲載日:2019年9月6日(第3305号)

九〇年代の遺産としての自由――内戦ー浄化に至る――

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八月初日から開催された「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」がわずか三日で中止となった一連の事件にあっては、政治家の検閲ないし弾圧めいた発言や市井からの脅迫に至る抗議、主催者による企画展中止の判断も含めたさまざまな事柄が絡みあまたの反応が沸き起こった。主催者側の瑕疵はここでは措き、例えば不自由の限界に挑戦する云々の古色蒼然たる芸術観にもとづき、展示作品をその程度が低いものと見做し嘲笑する者――もっと不謹慎な侵犯が俺には可能だ――がネット上で散見されたが、むろんこれは見当外れのくだらぬ見栄にすぎない。あるいは、それぞれの業界で評価が高いクリエイターらが、「従軍慰安婦像」の別名で周知の「平和の少女像」に対し、みずからが携わる「アート」と峻別されるべき「プロパガンダ」や「政治にしか見えない」との批判を囀らずにいられなかったその前提には、国家間の対立を生む「ヘイト」は政治や教育により「押し付けられ」たもので、「アート」にとって「政治性」は「後付け」かつ否定的な負荷だと解す認識があった。恐らくそのことともかかわって、彼らはその発言が差別でないことの傍証として「在日」とも私的な交友がある――「仲良くしようぜ」――と言い添えるのだが、意図としては「政治性」から、、自由で平和な日常または活動アートに依拠したそれ自体自由の発露であるはずのその発言が、恐らく直接参照したわけでないにもかかわらず、あたかも示しあわせたかのごとく大勢の差別主義者に使い回された既成の定型に嵌っており、その言葉の不自由性に無自覚なさまを露呈させてしまっていた。断わるまでもなくこの指摘は「後付け」ではない、彼らこそが後追い、、、なのだ。だがここで論じたいのはこのことでない。いずれにしろ焦点化すべきは、「少女像」そのものよりも、特殊な趣向や技巧を凝らしたわけでもないこの像――それも大抵ネット上での小さな画像――を眼にしただけで、「我々の先祖があまりにも人としての失格者というか、けだもの的に取り扱われ」ている云々との、常軌を逸したとも糞真面目ともいえるメッセージを受信して憤慨しだす大阪市長をはじめ、ことさら「少女像」にこそ「情」を刺激され、不自由タブー化せずにいられない現代の日本の風潮だろう。


振り返るに、九〇年代後半に活動を始め、歴史教科書からの従軍慰安婦に関する記述を削除せよと訴えた「自由主義史観研究会」が謳うところの自由とは、東京裁判史観及び通俗唯物史観から、、の自由の謂いだった。それはその主観において「右でも左でもない」曇りなき眼を持つ者の自由であり、加えて確かに、いわゆる進歩派や革新派のみならず、概ね親韓国を基本姿勢としてきた従来の右翼も含め「戦後日本」なるアイデンティティからの自由――「教科書が教えない」!――への志向ではあった。このことは彼/女らが冷戦終結やら自由民主主義の勝利やグローバル化等々を言祝ぐ言説、そして本欄でも論じたPostに規定されていたことを示す。けれどもかくなる自由な市民を標榜する一方で、彼/女らはむろん歴史を持たない零の人類でなく新たに特殊な歴史観を、したがって「戦後」の正史が課すもっぱら戦争責任の負荷から解放されたかつてと異なる日本像を強く欲しており、しかし「健全なナショナリズム」とも称されたそれは、むしろPostにあって顔面蒼白のアイデンティティ探求であるほかなかった。このことを踏まえれば、戦争責任に関しては曖昧ながら、歴史の負荷を説くよりむしろ自由選択的で新規な「アップデート」を謳い、これと関連して「右でも左でもない」普通の市民運動――「大学じゃ体験できない」!――を標榜しつつ同時にこれぞ「健全なナショナリズム」とばかりに国民を名乗ってはばからなかった学生らに、九〇年代、「新しい歴史教科書をつくる会」に参加した小林よしのりが一時的にしろシンパシーを覚えたのは些かも錯誤でなく、この時期野党共闘路線にあって最も期待を集めた旧民主党系の議員が小林の応援を歓迎し、件の学生らを持ちあげた朝日新聞が小林にインタビューを求めるのも頷ける。もちろん脱イデオロギー的な自由を享受する市民が民主主義を唱えて帰着するのは往々にして「情の時代」なるものにふさわしいのだろう、歴史修正主義的な国民の物語ポピュリズムだったりする。

巷間「表現の自由」の履き違えが起こっているとして、そのうちの要因のひとつは、いまなお然るべき自由とは「自由主義史観」的な意味での――教科書が教えず大学では体験できない未来志向アップデートの――自由と解され、これと混同されていることではないか。その場合「平和の少女像」は不自由と停滞の象徴と映り――対して、昭和天皇を題材とした「不敬」な作品はこの意味ではまだ自由であるが故に前者の方が障害なのだ――、ここから「我々の先祖があまりにも……」までさほど遠くない。むろんその自由と「表現の自由」は違うとは指摘できるものの、それだけで事態は解決しない。付言すれば、極めてショボい程度ながら不自由タブーの侵犯に、「やってみた」なノリで脱イデオロギー的に没入する「NHKから国民を守る党」のごとき輩がいまさら沸くのも、このこととかかわっている。そして、かの「戦後」からの、、、の自由が諸々の中間団体の衰退の果てに現出するはずの民間ストリートの活力への期待とも絡みあっている以上、大阪府知事や名古屋市長らが件の企画展を粉砕せんとしたのは尤もだし、おなじく彼らの愛国心の発露らしき言動――当然ながら彼らの深慮の対象が実際に「先祖」であるはずもなく――がつねに青褪めた迷子ぶりを晒すのも訝しんではならない。しばしば下品で低俗に映るこの自由の希求はむしろ現在の資本主義における至上の道徳に拠るのだ。


綿野恵太『「差別はいけない」とみんないうけれど。』(平凡社・二〇一九)のなかで概略されているとおり、「ポリティカル・コレクトネスは「反革命」である」とまで切迫した批判が九〇年代のアメリカにおいて噴出した背景に、ユーゴスラヴィアをはじめ多民族国家の内戦及び解体があったとすれば、いましがた触れた事々もこれと同時代的な背景のなかに置いて捉え直すことができるだろう。日本は「健全なナショナリズム」なるものを怒号しなければならないほどに確乎たるアイデンティティが欠落した、左右からは自由だが不健全な国民を抱えており、このとき「自由主義史観」もいうなれば自立、、を求めたのであって、この場合自立とは自由を謂い、かつ民主主義アイデンティティの確立でもあった。むろん日本はユーゴのごとき多民族国家でなく、そのため、みずからの民主主義アイデンティティの輪郭を確認すべく「戦後」に反し仕立て上げられた敵が自国外の韓国だった――のちにそれは「在日」にも波及した――のは見やすいとして、注意すべきは国内でも自立が敢行されてきたことだ。その際、異民族を殲滅し、あるいは互いに小国として分離独立するなどの解決策は封じられている以上、日本国民内部での浄化が目論まれるわけで、それが例えば従軍慰安婦の否定をはじめとした、いわゆる「歴史戦」による過去の浄化ひいては日本国民の純粋なものピュアへの浄化――ここには「お気持ち」や「アート」、また「極左お断わり」「お巡りさんありがとう」も含まれる――であり、これもまた自由と民主主義のアマルガムにほかならない。

本欄で先に論じた、諸種族が国家に依拠ないし捨象したまま人民の創成を抑止すべくして奔走するクラストル的戦争‐内戦も、かくなる自立‐浄化が九〇年代以降に激化したこととの連関で捉えうる。確かにここでは左右問わずこの内戦‐浄化に没頭しており、加えてシティズンシップであれアイデンティティであれここから逃れるアリバイとはなりえない。この浄化に伴って、諸種族がそれぞれの平行世界にみずからの純粋な歴史を抱え込み凝集性を高めては、内戦に精を出す。
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