中平卓馬をめぐる 50年目の日記(24) 柳本 尚規|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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中平卓馬をめぐる 50年目の日記
更新日:2019年9月23日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

中平卓馬をめぐる 50年目の日記(24)
柳本 尚規

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プリントは赤いセーフランプの明かりだけの狭い暗室に半日以上も籠もりっきりになる作業だったが、集中していると疲れをすっかり忘れる。満足するまでやり直しをやるしかないのだと、それが暗黙の了解だった。

とは言え空腹感だけは忘れないで襲ってくる。中平さんはバットの中の印画紙をピンセットで揺らしながら、「煎り豆腐ご飯を食べようか」と言う。私もそうだと思って小さな電気釜での炊飯をセットする。そして豆腐屋に走る。「賄い飯」の準備だった。

豆腐を渡すと、中平さんは部屋の隅の小さな台所のガスコンロに乗ったフライパンにそれを落としてぐちゃぐちゃに崩し、水分が飛んだそぼろ状になるまで炒るのだった。結構時間がかかる。だが根気よく丁寧に炒った。そして少量の醤油と七味を合わせて、見た目にも綺麗な豆腐そぼろをつくってくれた。

温かいご飯にちょっと苦みのあるその炒り豆腐をのせて、たったそれだけだがなかなか美味しい夕食になった。

定番の夕食を食べながら、ある時中平さんはこんなことを言った。
「プリントを手にとって机の上で四隅のどこかの角でとんとんとつつくようにするんだ。ほら、弁当箱のご飯がよくどっちかに寄っていたでしょう?あんな風に写真の粒子も下の方にズレてゆくんだ。ぽろぽろと落ちてゆくようにね。そういう時のは絶対ダメな写真。とんとんとやっても粒子は絶対動かない、そういうのじゃなければダメなんだ。写真の画面がしっかり天地左右にはっている時は粒子は絶対転ばない。あなたもやってみるといいよ。とんとんして粒子がぽろぽろズレてゆくような写真はボツ。内容がダメなんだ。ぼくの選択基準なんだよ」

たしかに当時の中平さんの写真の美しさの源はその粒子のきちんとした並びにあった。だからこそ粒子が不揃いにならないよう、フィルム現像にはひときわ気を使った。高温の現像液を使うことなどは論外。いつもフィルム用の暗緑色のセーフランプを使って、像の現れを神経質に見張るような作業だった。粒子の荒れの原因になる過度の現像を防ぐために。

中平さんとの交流が途絶えた後に、「(中平は)高温現像をしてネガの調子をのせ数十分、一時間という長時間の焼き付けをする」とか「プリント面の粒子を荒れさせ、その荒れた画面が二日酔いの朝の荒れた胃壁のようないがらっぽい気分を思わせもした」(「月刊みすず」1989年6月号「写真の黙示録―中平卓馬をめぐって」)といった西井一夫の文章を目にした時、それは明らかな間違いだ、しかしこういうことが流布して、中平と森山の「類似性」がそれらしく作られてゆくのかとしきりに思った。

森山さんの写真からは西井の表現する雰囲気を感じることはあった。極端に長いフィルムの現像時間、プリント作業の時も露光スイッチを回してからそっと暗室を抜け出してきて、喫茶店に誘われたことがよくあった。「プロヴォーク」の拠点だった多木浩二さんの事務所(多木映像デザイン研究室)の暗室でのことである。事務所を出るとすぐ表参道に面した「さくらんぼ」というパーラーがあって、そこで「一時間露光」の間の「暇つぶし」につきあったのだ。森山さんの作業が乱暴だとか大胆不敵だと言うのではない。彼にはそれが技術として身についていた。彼にとっては「いがらっぽい気分」を思わせるのは技術だったのだ。(やなぎもと・なおみ=写真家・東京造形大学名誉教授)
(次号へつづく)
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