ふわふわした現代川柳と、猫と白馬の王子と|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月23日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

ふわふわした現代川柳と、猫と白馬の王子と

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 むかし、好きな食べ物を手紙に書いて貰ったことがある。これちゃんと覚えておいてね、と。わたしの好きなものだから、と。戦時中の内田百閒みたいだね、と眠りかけながら私は言った。こんなに食べ物羅列するなんてね。女の子は手紙を声に出して読み始める。ええっ読むの、と私は思った。でも今思えばそういうところに自分の詩の始まりがあったように思う。詩はいつも眠りそうになるときに突然やって来る。その手紙にはたしか、バームクーヘン、と書いてあった。バームクーヘン。私はほとんど眠りこみながら呟いた。

すごくぼんやりした人間だ。少し生きてきてそういうことがわかってきた。やぎもとくん、だいじょうぶ? となんども言われた。男の子からも。女の子からも。先生からも。好きな人からも。その日会って別れた人からも。「だいじょうぶ?」

でもだいじょうぶじゃなかった。これまで高校をやめたり、大学院をやめたり、会社をやめたりしている。ぜんぜんだいじょうぶではない。きをぬくと、ほろびそうになる。ぼんやりし過ぎていて、なにかをひとりでこなそうとすると容量オーバーになってしまうこともわかっていた。サイレンが鳴る。すこしのことで。なにかあるとすぐねむってしまうということもわかった。大事な話を聞いていてもねむってしまう。たすけてもらわないといけなかった。ぼんやりやねむりにかんして。
書くことは昔から好きだったのだが、きちんとした事務ができず、雑誌や新聞に投稿することもできなかった。テーマ《事務との戦い》。

そんなとき、事務をしてもいいよ、と言ってくれるひとが猫と共に現れて、はじめて、じゃあ自分は表現活動がきちんとできるかもしれないと思えた。そのひとはアレクサンドロス大王みたいに手を伸ばしさっそうと管理し始めた(大王のことはあんまり知らないけれど)。そんなときさらにたまたま出会ったのが、現代川柳だった。現代川柳は、不思議で、詩のようで、シュールで、幻想的で、パラレルワールドのような文芸だった。自分がそれまで思っていたシルバー川柳やサラリーマン川柳のような、おもしろ・おかしい世界とは違っていた。ふわっとしていてもいいよ、そういう世界がこの世界にはたしかにあるんだから、それはしかたのないことなんだよ、と現代川柳は言っていた。

ふわふわした現代川柳と、ぼるぼる鳴く不思議な猫と、書いたものを管理してくれる白馬の王子のようなひとの手を借りながら投稿活動を続けていた。じんせいは、へんかする。私は今でもずっとそのひとの馬のお尻に乗っているようなきがする。ぱからん、ぱからん、と。そんなきがする。私は今でもそのひとにとても感謝している。事務をありがとう、と。もちろん猫にも。ふわふわをありがとう。

この記事の中でご紹介した本
バームクーヘンでわたしは眠った/春陽堂書店
バームクーヘンでわたしは眠った
著 者:7247
出版社:春陽堂書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「バームクーヘンでわたしは眠った」出版社のホームページはこちら
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