フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義 書評|アラン・シュピオ(勁草書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義 書評
ウルトラリベラル批判の書
ソーシャルの価値観の再対置を試みる

フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義
著 者:アラン・シュピオ
翻訳者:橋本 一径
監修者: 嵩 さやか
出版社:勁草書房
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標題の「フィラデルフィア」とは、一九四四年五月一〇日の「国際労働機関の目的に関するフィラデルフィア宣言」のことだ。『六法全書』にも、国際労働機関憲章の附属書として掲載されており、戦後世界のマニフェストの一つとなった。正確に言えば、ソ連型共産主義と対立する自由主義圏において、社会民主主義的なケインジアン福祉国家路線の旗印として掲げられてきた文書である。従ってフィラデルフィアの精神には本質的な敵が二つある。一つは共産主義であり、今ひとつは本書で言うところのウルトラリベラリズムである。ちなみに、本紙読者には釈迦に説法だが、著者シュピオの属するフランスの用語法では、アメリカ語法のネオリベラリズムやリバタリアンも含めて自由市場主義が「リベラル」であり、社会的規制を訴える「ソシアル」と対義語をなす。そのリベラルの極端派がウルトラリベラルである。特殊アメリカ語法の「リベラル」はフランスでは「ソシアル」に相当するので、注意が必要である。

本書は、端的に言ってしまえば、一九九〇年代以来のウルトラリベラルの制覇――「全体的市場」というユートピア/ディストピア――に対して、ソーシャルの価値観を再対置しようとするものであり、宣言にいう「労働は商品ではない」とか「一部の貧困は全体の繁栄にとって危険である」といった社会民主主義の根本原則が繰り返し説かれる。その点だけに注目すれば、この労働法学者によるウルトラリベラル批判の書は、日本でも類書が少ないわけではない。しかし、本書が類書にない鋭い指摘をしているのは、とりわけ一九九〇年代以降のEUにおいて、共産圏の崩壊とそれに続くEU拡大がウルトラリベラルな反革命を助長してきたという点であり、第1章の「共産主義と資本主義の蜜月」というタイトルに示されている。

「ソーシャル」を共有していたはずの元共産主義者たちは、「フィラデルフィア精神にも、〈法権利〉の尊重にも、参加型民主主義という理想にも、ほとんど無頓着」で、ウルトラリベラルに苦もなく賛同した。なぜか?〈法権利〉(=droit、Recht)の尊重ではなく、経済「法則」の支配を讃える点で、両者は共通していたからだ。法の支配ではなく、法を用いた支配が、プロレタリア独裁に代った市場独裁の道具となる。この論理の拡大版は、中国という共産党一党独裁の資本主義国家の形で我々の目の前にもある。「新保守主義的な説教師たちの大半は極左の元活動家」というのもフランスだけの話ではない。

一九九〇年に欧州委員会に提出された報告書『雇用を超えて』の著者として労働法サークルの中でひっそりと知られていたシュピオが、独創的な社会哲学者として日本の読者の前に姿を現したのは昨年『法的人間』の出版によってであった。本書の邦訳により、アクチュアルな社会思想家としての顔も示された。次は本書でも第4章で言及されている『数によるガバナンス』が、AIに揺れる今日にふさわしいかも知れない。
この記事の中でご紹介した本
フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義/勁草書房
フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義
著 者:アラン・シュピオ
翻訳者:橋本 一径
監修者: 嵩 さやか
出版社:勁草書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「フィラデルフィアの精神 グローバル市場に立ち向かう社会正義」出版社のホームページはこちら
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