ジョナス・メカス詩集 書評|ジョナス・メカス( 書肆山田)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

ジョナス・メカス詩集 書評
Jへの個人的な手紙として
遠い背中、ふたりの詩人

ジョナス・メカス詩集
著 者:ジョナス・メカス
翻訳者:村田 郁夫
出版社: 書肆山田
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 旧正月を数日後に控えたニューヨークのチャイナタウンは、いつも以上に騒がしく活気に溢れている。店主やお客のやり合う声、赤いビニール袋のこすれ合う音、ひっきりなしに行き交う台車や車、クラクションの音、遠くの公園から(それとも誰かのラジオから)流れてくる二胡の音色。鳴り響く全ての音が、この街ひとりひとりの鼓動の響きや記憶の気配をもすくい上げながら、荒々しく混ざり合い、突風のように僕に押し寄せてくる。あの頃と全く同じように。

2000年。いつものようにクラブで夜通し踊り、友人たちと軽い朝食をとってから、チャイナタウンの自宅へ戻った。玄関のドアを開けると同時に、甘いコーヒーの匂いに包まれる。「ただいま~」。キッチンを覗くと、いつものテーブルに(僕が部屋を借りている)詩人と、もうひとり誰かが座っていた。「お帰り」。詩人はマフィンを持ったままの手を、僕からその人へと動かし、「こちらは夜遊び専攻留学生。こちらは腐れ縁の友人、もとい、先輩詩人のJ」と、いつも通り真顔で冗談を言いながら、ふたりそれぞれを紹介する。少し色あせた水色のシャツに紺のジャケットをはおり、ハンチングを被ったJさんは、ずっとビデオカメラをまわしている。僕は写真学生だったけれど、自分にレンズを向けられることには全然慣れてなかった。ドギマギしながらも、コーヒーと焼きたてのマフィンの匂いにつられて、ふたりの向かいに座る。「旧正月おめでとう、若者!」。Jさんは大げさな手振りとともに早口に言う。それに合わせて手元のカメラも大きく揺れているけれど、そんなことは全くお構いなしに撮り続けている。僕はなんだかすっかり愉快な気分になって「新年おめでとうございます、愛しき詩人たち!」と、マグカップを勢いよく掲げると、なみなみに入っていたコーヒーが盛大に飛び散った。僕たち3人は一瞬顔を見合わせ、それから爆竹みたいに高らかに笑い出 す。Jさんのカメラも(きっと映像も)楽しげに揺れていた。

ふたりの詩人は同じ時代、同じ時期にアメリカへやって来た。1949年、第二次世界大戦 時の逃避行を経て、当時26歳だったJさんは難民船で。その翌年、8歳の少年だった詩人も、両親とともに国共内戦の混乱が続く中国から。そして2019年の1月、奇しくも同年同月に、ふたりはまた新しい世界へ旅立って行った。

あの日、Jさんは「森の中で」という詩を、母国語のリトアニア語で読んでくれた。一語一語が切り離された言葉たちは、切り離されたままに、全く摩擦のないまま滑り連なる雫のような音となり、僕の身体の中に落ちてくる。詩人も同じ詩を中国語に訳しながら読んでくれた。ふたりの声のゆりかごの中で、僕は安心しきって、徹夜明けの眠気とともに、いつの間にか眠っていた。
「始め/から/一語/ごと/に、/思想/ごと/に、/行動/ごと/に、/私は/自分自身を/組み立てようと/試みる、/すべてを/開いた/ままにして、/どこに/行くかも/わからぬ/ままに—/ただ/直感/と/即興/に/導か/れ、/堅く/踏み/固められた/道を/避け/ながら」

ふたりの詩人の一周忌の朗読会に参加するため、僕は久しぶりにチャイナタウンに舞い戻り、今、マイクの前に立っている。友人であり、芸術の師であり、父のようでもあった ふたりとの思い出が刻まれている「森の中で」のページを開く。僕の奥で響き続けている、あの日のふたりの声に重ねるように、少し猫背で骨ばった、愛おしいふたりの遠い背中を必死に追いかけるように、僕はゆっくりと読み始める。
この記事の中でご紹介した本
ジョナス・メカス詩集/ 書肆山田
ジョナス・メカス詩集
著 者:ジョナス・メカス
翻訳者:村田 郁夫
出版社: 書肆山田
以下のオンライン書店でご購入できます
「ジョナス・メカス詩集」出版社のホームページはこちら
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