外は夏 書評|キム・エラン(亜紀書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

外は夏 書評
それでも人は言葉を探してやまない
未来を失った人たちの、その後の時間を描く

外は夏
著 者:キム・エラン
翻訳者:古川 綾子
出版社:亜紀書房
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 日韓関係がかつてないほど緊張したこの夏、書店に韓国の現代小説が数多く並んだことに救われた。

もちろん偶然である。韓国の現代小説を意欲的に紹介する試みは少し前から複数の出版社が始めており、チョ・ナムジュ『1982年生まれ、キム・ジヨン』のヒットがそれに弾みをつけたかたちだ。相手を圧する政治や報道の言葉に対して、小説の言葉は、異なる文化を持つ隣国の人たちが胸に抱く思い、悩みや苦しみを確かに伝えてくれる。

キム・エランは一九八〇年生まれ。韓国の若手の中でも特に注目を集める「キム・ジヨン」と同世代の女性作家である。本書は、単行本としても、収録された短篇単体でも、いくつもの文学賞を受賞している。

第一短篇集『走れ、オヤジ殿』は、アジア通貨危機直後に成人した「IMF世代」と呼ばれる若い人の憂鬱と悲哀を、軽快に描いて共感を集めた。第二短篇集にあたる本書のテーマは「喪失」で、『走れ、オヤジ殿』の明朗なユーモアは抑えられている。静かに、はりつめた文章で、未来を失った人たちの、その後の時間を描く七篇が収められている。

巻頭の「立冬」は、夫婦がキッチンの壁紙を張り替える場面から始まる。壁紙の赤黒い汚れは、木イチゴのシロップが爆発したせいで、幼い一人息子を保育園の送迎バスの事故で失った二人にとって、否応なく事故を思い出させる。夫婦は、喪失の深さが周りに理解されないことにも苦しんでいる。だが、壁紙を張り替え、見落としていた落書きを見つけることで、止まっていた二人の時間はかすかに動き出す。

「ノ・チャンソンとエヴァン」は、父を亡くした孤独な少年が、老犬を手に入れて愛情を向け、その犬と別れるまでの時間が描かれる。「向こう側」では、少しずつ道がすれ違っていく恋人たちの愛情が消える過程を描く。

「沈黙の未来」では、消えゆく言語の話者を一か所に集めて住まわせ展示する、「少数言語博物館」なるグロテスクな虚構が、この短篇集の中で異彩を放つ。

タイトルの「外は夏」は、「風景の使い道」に出てくるスノードームのエピソードからとられている。主人公は旅先のタイで、韓国から来るはずのメールを待っている。タイは夏、韓国は冬だ。「スマートフォンじゃなくてスノードームを握っているような気分だった。球形のガラスの中では白い雪が舞い散っているのに、その外は一面の夏」

世界と自分とを断絶させるものの存在を繰り返し意識させられるが、それでも人は外とのつながりを、言葉にならない言葉を探してやまない。

「どこに行きたいのですか」の夫を亡くした主人公は、「Siri」の不器用な言葉に、未知の差出人から届いた手紙に慰められる。彼女の夫は、川で溺れた生徒を救おうとして自分も命を落とした。「喪失」という本書のテーマに反響する、二〇一四年のセウォル号沈没事故の記憶を強く意識させる一篇だ。
この記事の中でご紹介した本
外は夏/亜紀書房
外は夏
著 者:キム・エラン
翻訳者:古川 綾子
出版社:亜紀書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「外は夏」出版社のホームページはこちら
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