アメリカーナ 書評|チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ(河出書房新社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年12月2日 / 新聞掲載日:2016年12月2日(第3167号)

アメリカーナ 書評
黒人差別主義というアメリカ 社会の病巣を鋭くえぐり出す

アメリカーナ
出版社:河出書房新社
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この一年あまり、アメリカのみならず世界の人びとが注視していたアメリカ大統領選挙が終わった。アメリカ史上、歴史に残る「暗黒の悲劇」が展開された。反知性主義と言葉のヴァンダリズム(言葉=理性を破壊する野蛮行為)が支配し、その結果はアメリカの知性喪失の日を迎えることになった。

候補者二人の三回にわたる討論で政策論争が十分なされなかったのは、政策論争では勝ち目のない共和党候補者の戦略であった。民主党候補のヒラリー・クリントンは、それでも必死に政策を訴えたが、世論の反応から、今、アメリカは冷静な思考よりも、差別的発言をするデマゴーグを求めている、それほどまでに病んでいると感じられた。ある発言をした後、その舌の根も乾かぬうちにまったく反対の発言をする人は「嘘つき」としか思えないが、思考停止した聴衆は、共和党候補者のその嘘を問題にせず、具体的論拠のない、実行不可能な感情的訴えをそのまま支持した。

まさに選挙の当日から本書を読んでいたのだが、そのために表題の「アメリカーナ」の意味を特に深く考えさせられた。今回の大統領選挙に、選挙権のない世界の国ぐにの一般の人びとさえ関心を持ったのはなぜなのか。
冷戦構造崩壊の後、スーパーパワーになったアメリカ合衆国は、この小説の主人公、ナイジェリアの若い女性が引きつけられたように、母国にはない物質的豊かさと希望を約束してくれる、人生の夢をかなえてくれる国だと思われた。そこでは明るい未来が開かれ、かならずや幸せになれると信じるほど、期待に満ちた国に映っていた。ナイジェリア人にとってだけでなく、戦後の日本人にとっても同様であったし、今でもスーパーパワーの強さに憧憬を抱くものは多い。

アメリカを体験しアメリカに染まること、「アメリカーナ」になることを求めた主人公は、ボーイフレンドと共に留学を夢見ていたが、最初にヴィザを取得し、ナイジェリアを離れたのは主人公だった。ボーイフレンドはアメリカ行きが不成功に終わり、母親の画策によって英国に渡るが、他人の保険番号を借り、偽装結婚をして不法滞在を図り強制送還されてしまう。いっぽう主人公はアメリカで新たに白人の男友達を作り、母国やボーイフレンドと遠く離れていく。だがそれは「アメリカーナ」になるため、自分の今を確立するためであり、主人公は精神的に大きな葛藤に悩んだ末に、ナイジェリアやボーイフレンドを封印したのだった。けれども乾風ハルマッタンを懐かしく思う主人公は、ナイジェリアの人間であり、アメリカの「非アメリカ黒人」の立場を認められない。

物語は主人公の恋愛を大きな軸にしながら、もう一つのテーマは「アメリカーナ」である。一〇代のときの恋愛はお互いの心の底に消しがたく強い印象を刻み、そのラヴ・ロマンスは最後まで読者を引っ張っていく。そして「アメリカーナ」は、若い男女の恋愛までも強く支配するのだ。

「ブロガー」として生計を立てるようになった主人公は、アメリカ論を展開し、大評判を得る。「アメリカでは部族主義がみごとに健在」というブログでは、アメリカの大学がかつて受験生の母親の姓を尋ねたことが記される。ユダヤ人の定義は母親がユダヤ人であることで、受験生がユダヤ人でないことを確認する問いかけだった。アメリカでは民族的背景をこのように「微妙な」作業を通して探り出す。

「なぜ黒い肌の黒人女性は――アメリカ人も非アメリカ人も――バラク・オバマが大好きなのか」。それはミシェル・オバマが黒い肌だから。肌の色が薄くなければ、黒人はアメリカで成功しない。かれらは「見えない存在」になる。「わが同胞たる非アメリカ黒人へ――アメリカではあなたは黒人なのよ、ベイビー」では、自分は「アメリカ黒人」ではなく、ナイジェリア人、ガーナ人、ジャマイカ人などと主張しても意味がないと教える。黒い肌であれば黒人なのだ。アメリカの差別の構造は黒人を十把一からげにする。

このようなブログを通して、読者は「非アメリカ黒人」のアメリカでの立場を知る。主人公がナイジェリアを離れて知った最大のことは、母国では黒人差別を感じなかったということだろう。アメリカで「非アメリカ黒人」でいることはまったく新しい体験だった。

多くの「アメリカ黒人」が、自分にはインディアンの血が、中国人やチェロキーの血が入っていると「誇らしげに」主張するという現実こそ、アメリカの黒人差別主義の複雑なあらわれであり、本書はそのようなアメリカ社会の病巣を鋭くえぐり出している。(くぼたのぞみ訳)
この記事の中でご紹介した本
アメリカーナ/河出書房新社
アメリカーナ
著 者:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ
翻 訳:くぼたのぞみ
出版社:河出書房新社
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