祖国と詩 W・B・イェイツ 書評|杉山 寿美子(国書刊行会 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

祖国と詩 W・B・イェイツ 書評
詩人は常に彼自身の人生について語る
日本のイェイツ研究の空隙を埋める本格的伝記

祖国と詩 W・B・イェイツ
著 者:杉山 寿美子
出版社:国書刊行会
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 W・B・イェイツは「我が作品のための総括的序文」の冒頭で「詩人は常に彼自身の人生について語る」と記している。彼の作品の読解に伝記的理解が不可欠とされる所以である。実際、彼の死の四年後、公式に記されたJ・ホーンの伝記を皮切りに、N・ジェファーズ、R・エルマンの評伝が出版され、いずれもイェイツ研究の古典的文献として読み継がれてきた。さらに近年、イェイツの伝記の決定版とされるR・フォスターの伝記が出た。この本は、嵐のように時代を駆け抜けた詩人の生涯が、激動する当時のアイルランドとそれを取り巻く世界、その時代を映す鏡であることを深く印象づけ、改めて彼の伝記的関心を高めた。そのような中で、この度、待望久しい本邦初の本格的伝記が世に出た。杉山寿美子著『祖国と詩 W・B・イェイツ』である。ラフカディオ・ハーンが東京大学の英文学講義でイェイツを取り上げ、松村みね子や芥川龍之介が研究・翻訳に従事してから百余年、長い伝統を有する日本のイェイツ研究、そこに空いた穴を埋める本著の価値は高い。「何よりも、日本の読者にイェイツの伝記を届けたい」という著者の意思を重く受けとめたい。

彼の伝記を書くことの「困難」を知る著者は、「あまりに輪郭鮮やかな詩人の肖像を描き出すことは、彼が生きた驚異的人生の蛇行軌道を描き出すことにならない。他方、蛇行曲線の紆余曲折を追い過ぎれば、……迷路に陥るリスクを孕む」と語る。「森と木のバランスを図る」ため、著者は「もし、私が二四歳だったなら」に記されている「文学の一形態、哲学の一形態、ナショナリズムへの関心」、それらを「ハンマーで打って統合、一つになせ」の文面に着目する。むろん、この比喩は宗教的信念にも等しい言語の錬金術師としての詩人の信条。三つの関心を詩的想像力の溶鉱炉で溶かし、ハンマーで打って一つの芸術品に仕上げようとする詩人の使命を謳う宣言文である。著者が言う通り、「詩人は常に個人的人生について語る」と記すイェイツは続けて「彼は朝食のテーブルに着く偶然と矛盾の束ではない。彼は一つのイデア、完全なものとして生まれ変わる」と結んでいるからだ。彼が言語の錬金術師ならば、「三本の太い織り糸」で「彼の人生を織る」著者は織物師。伝記も一つの芸術作品であることを改めて知らされる。

体言止めを駆使した引き締まった文体。一つの話題に憶測や深読みを避け、一行空けて次の話題に進む筆致は軽妙である。とはいえ、個々の話題は「森」の一部になるよう入念に選び抜かれた「木」。「森」を描く著者の方法も独特である。七千通にも及ぶイェイツの友人、恋人、愛人、妻、親族、交流のあった人たちに宛てた『手紙』と彼らからの彼宛ての手紙、往復書簡を素材にして彼が生きた時代との関係性の中で立体的に一つの像を織り上げていく。とりわけ、モード・ゴンとグレゴリー夫人との関係を描いた「木」は圧巻。読者は、さながら激動の時代を画す様々な出来事の映像を背景に、本人と知人たちの証言を軸に展開されるある歴史的人物の一級ドキュメント映画を観ているような感慨に浸るはずだ。「森」をどう読むかは依然読者に委ねられている。だが、そこには時代精神を体現する一人の詩人、その内的世界の実像が確かに映っている。
この記事の中でご紹介した本
祖国と詩 W・B・イェイツ/国書刊行会
祖国と詩 W・B・イェイツ
著 者:杉山 寿美子
出版社:国書刊行会
以下のオンライン書店でご購入できます
「祖国と詩 W・B・イェイツ」出版社のホームページはこちら
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