伝統文化と日本の美術 書評|宮島 新一(青史出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

伝統文化と日本の美術 書評
日本美術の本質を見極める眼と思想
研究史上誰が何を語ってきたのかを跡付ける仕事

伝統文化と日本の美術
著 者:宮島 新一
出版社:青史出版
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 美術史の言説には悪弊がある。それは、先行研究の成果に敬意を払わないことだ。展覧会カタログの作品解説文などは、短文のため仕方ないのかもしれないが、その作品の作者や時代背景や美的特質など、いつ誰が何を根拠に考証し、それが事実と認められるに至ったのか、言及されるのは稀である。それゆえ、解説文を読んだ者は、その真偽を再検証することは難しい。なにか疑問を抱いても、解説文を鵜呑みにするしかない。

もしも、きちんと先行研究を明示したなら、本書の著者・宮島新一の名前は、解説文のなかで頻繁に挙げられるに違いない。縄文時代から江戸末期の絵画まで、宮島氏の研究は幅広く、かつ奥深い。これまで氏が上梓してきた『肖像画』『宮廷画壇史の研究』『二万年の日本絵画史』ほか多数の優れた著書が、このことを示している。

その著者が、満を持して日本美術研究の軌跡を振り返り、研究史上これまで誰がなにを語ってきたのかを跡付けたのが、本書である。過去の一人ひとりの研究者が遺した著作を丹念に読み込んで「日本美術とはなにか」という大きな問題に挑んだ。

明治期には新興国である日本の国家アイデンティティを諸外国に提示するため、目で見てわかるサンプルとして美術は着目された。大正期には大衆文化のなかでそれは広く国民に受け入れられ、戦時中は国粋主義のもとでその優越性が強調された。昭和二〇年の敗戦は政治・経済・文化あらゆる面で日本に危機をもたらした。しかし、それにもかかわらず、戦前の日本美術の理解は、大きく変更されることなく、戦後へと継承された。昭和~平成の研究者や在野の文化人の発言は一見多様な特徴を指摘しているようでありながら、実は「日本美術の本質」を見極めることに挫折してきた。それは現在も続いていると、著者は語る。

たとえば戦前戦後を通じて、一方に「日本美術は諸外国に類を見ない独自のものである」という言説がある。他方に「日本美術は諸外国の美術を巧みに吸収することでできあがった」とする言説がある。相反する見解のようである。しかし、一国の美術に独自性と周辺諸国からの影響を並置する捉え方は、世界各国の美術史に見出される。それは、決して日本に限られたことでも「日本美術の本質」でもない。
著者は、これまでの日本美術の理解が不十分であったことを議論の俎上に載せた。そこで、それを「伝統文化」という概念で大きく捉え直すことによって、問題の核心へと迫ろうと試みる。
「伝統」は長い歴史の中で形成されたもので、多様な要素を抱え込んでいる。しかし、近代国家はそれを画一化し、国民に押しつけ、海外に発信した。そうした「伝統」を無批判に尊重することが権威主義を生むことに、著者は警鐘を鳴らす。日本の「伝統」をフジヤマ・ゲイシャあるいは花道や茶道などに限定せず、もっと広い視野から理解すべきことを、著者は主張する。すなわち、美術を含む「文化」と結びつかなければ「伝統文化」は成り立たないと著者は強調する。

二〇二〇年、オリンピックが東京で開催される。欧米人のみならずアフリカやオセアニア・中東・南米など諸外国の人々に対して――そしてほかならぬ日本に住む私たち自身に対してこそ――「文化」と「伝統」の交点に位置する「日本美術の本質」を、きちんと提示する必要がある。

ナショナリズムに堕ちいらず、かといって欧米の価値観に従属するのでもない、美術を見極める眼と思想が、今あらためて求められている。
この記事の中でご紹介した本
伝統文化と日本の美術/青史出版
伝統文化と日本の美術
著 者:宮島 新一
出版社:青史出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「伝統文化と日本の美術」出版社のホームページはこちら
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