新装版 春のお辞儀 書評|長嶋 有(書肆侃侃房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年9月21日 / 新聞掲載日:2019年9月20日(第3307号)

長嶋有著『新装版 春のお辞儀』

新装版 春のお辞儀
著 者:長嶋 有
出版社:書肆侃侃房
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 世界のバグのようなものを見つけてしまう瞬間がある。「交差点に落ちてある片方だけの靴下」「ブラウン管をまだ使っている安宿」「話す前に鼻をつまむ癖のある友達」。だが、それらは言葉にされることなく、大概は次の瞬間に忘れられてしまう。

長嶋有は誰もが通り過ぎてしまうそれらの瞬間に「よく気づく」作家である。その能力は、彼の小説の描写からも明らかであるが、彼の俳句においてもっとも輝きを放つ。


見られれば歌うのやめる寒の明け


寒さのピークも過ぎた頃合いに歌を口ずさみながら散歩でもしているのだろうか。そのとき、ふと誰かに歌っているところを見られた。少し恥ずかしくなって歌うのをやめる。見られなくなったら、また歌い出すのかもしれない。あるある、と思わず唸ってしまう。

目指せばもう始まっている花火かな
県境に立ちたがる人夏帽子
手押しポンプの影かっこいい夏休み



三句とも視線のズレが巧みである。

一句目、花火大会の一場面だろう。花火が打ち上がり始めて、誰もが急いでいる瞬間に主体は一度気持ちを立ち止まらせてみせる。花火そのものを描かずとも、「目指せばもう始まっている」というフレーズだけで、遠くの花火の音や色とりどりの光、火薬の匂いが想起される。

二句目、確かに、こういう人はたまにいる。痒いところを捉えていると思う。この句の眼目は「立ちたがる」にある。「立つ」というただの状態ではなく、「立ちたがる」という願望であることによって、対象(立ちたがる人)の一種の子供っぽさ、プリミティブな感触を読者に手渡してくれる。季語の「夏帽子」も効いており、「立ちたがる人」は、帽子を深くかぶった少年少女を想像させてくれる。

三句目、手押しポンプの影がかっこいいのだという。仰天の発想である。それでも妙に納得させられてしまうのは、手押しポンプのゴツゴツとした独特な形によるものだろう。地面に伸びるその影は、剣闘士の兜のようにも見えるし、怪獣のようにも見える。なるほど、男の子感のある素朴な「かっこいい」という感慨がぴったりだ。

本句集には空想的な一連もある。


昼の忍者桜をみたら眠くなる

はりつけば壁涼しくて眠くなる

初夏の回転ドアはわりとすき


連作「忍者の昼」から。おそらく、自分自身が忍者になりかわって句を作っている。それにしてもどこか間抜けな忍者である。春の陽気に桜をみながら眠くなる様は、とてもスパイや暗殺を仕事にしていると思えない。また、壁やドアを気にしているところも滑稽味がある。はりついた壁が偶然にもひんやりとしていて、気持ちがよかったのか。「寝ている場合か!」とツッコミを入れたくなる。回転ドアが好きなところも、随分と現代的な忍者でおもしろい。

『春のお辞儀』から初めて俳句を読む人もいるだろう。そういう意味では、口語俳句が多くてとっつきやすい句集である。しかし、それは内容が薄いということでない。たった十七音の中にも、小説や映画に負けないくらいの世界がある。長嶋有というレンズを通して世界をみた後は、今度は自分のレンズを通して、きっと今までスルーしていた瞬間に気づくようになる。
この記事の中でご紹介した本
新装版 春のお辞儀/書肆侃侃房
新装版 春のお辞儀
著 者:長嶋 有
出版社:書肆侃侃房
以下のオンライン書店でご購入できます
「新装版 春のお辞儀」出版社のホームページはこちら
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