資本主義に未来はあるか 歴史社会学からのアプローチ 書評|イマニュエル・ウォーラーステイン(唯学書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月28日 / 新聞掲載日:2019年9月27日(第3308号)

資本主義に未来はあるか 歴史社会学からのアプローチ 書評
構造的危機に向き合う自覚を
五人の歴史社会学者が問いに挑む

資本主義に未来はあるか 歴史社会学からのアプローチ
著 者:イマニュエル・ウォーラーステイン
翻訳者:若森 章孝、若森 文子
出版社:唯学書房
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 資本主義は終わるのではないか、このテーマを論じた書物がここ数年急増している。問われているのは、たんなる経済的危機ではない。グローバルな規模の社会危機、近代文明総体の危機、そして人類と地球の消滅の危機が問われている。

本書では、五人の歴史社会学研究者がこの問いに挑戦している。資本主義経済を国家、国際政治、地政学的空間、地政文化との相互作用の中で考察する歴史社会学の視座からすると、本書の問いに対する回答は、当然のごとく一枚岩ではありえない。読者が着目すべきは、資本主義の終りに関する著者たちの結論よりも、資本主義とはそもそも何であるのか、資本主義が終わるとはどういうことか、についての著者たちの考えである。

経済学者にとって、資本主義は資本の循環=蓄積の運動を通して組織される経済社会である。これに対して、本書の執筆者はいずれもが資本主義を、経済社会を包み込むより広い文脈のなかに位置づけ、その視座から資本主義の未来を論じている。

イマニュエル・ウォーラーステインにとって、資本主義とは歴史的な世界システムである。このシステムが存続するためには資本家が自己の報酬を持続的に獲得することによって資本の蓄積を永続化することが必要である。そして資本蓄積の永続化を可能にしたのは、労働力の費用を削減し、廃棄物処理、輸送・通信・情報のインフラなどの社会的費用を外部化することであった。安価な労働費用を海外で確保することが困難となり、環境負荷の社会的費用を外部化することに対する抵抗が強まったとき、資本主義は存続が不可能となる。その結果、資本蓄積を永続的に追求することの不合理性が露見し、資本主義そのもののオルタナティブを求める動きが高まる。

ランドル・コリンズにとって、資本主義とは、労働の代替技術によって労働コストを節約し続けるシステムである。この代替が新たな雇用を創出し、新たな消費購買力を創出するかぎりで資本主義は存続する。この代替が困難になったとき、資本主義はゆきづまる。その先に待ち構えているのは、ファシスト的な反資本主義的解決か、民主主義的なポスト資本主義的解決の道か、のいずれかである。コリンズは、資本主義の危機が核戦争の脅威と地球環境の危機を誘発する、と警告する。

マイケル・マンにとって、資本主義はひとつのシステムではなく、イデオロギー・経済・軍事・政治の諸種の力関係の相互作用のネットワークである。マンは、この相互作用のネットワークをグローバル資本主義の地政学的展開において、地理学的移動において、考察する。この地理学的移動は、核戦争の軍事的脅威と地球温暖化の脅威をもたらす。資本主義の構造的危機は、グローバルな環境の脅威に対する合意と、核戦争を回避する平和の合意をうちたてるという課題を不可避的に要請する。

ゲオルギ・デルルギアンは、ほかの論者と異なり、ソ連邦の崩壊の原因究明を通して、資本主義の未来を探ろうとする。ソ連邦は、巨大なロシア帝国という地政学的環境のなかで国家主導による強制的な工業化戦略を駆使してできあがったシステムである。欧米のような立憲主義と民間企業のイニシアティヴによるのではなく、強力な軍事増強策と官僚主義的統治を通して、欧米と同様の近代科学技術と大量生産体制を導入し、強力なボルシェヴィキ国家を打ち立てた。だが、このシステムは欧米諸列強に対抗しうる強大な国家体制をうちたてたがゆえに、そのことがソ連邦の崩壊をもたらす原因にもなった。一枚岩の産業社会は、ひとたび国家の一体性が崩れると、国家の外部におけるあらゆる集団的行動を封じ込めてきたために、社会の崩壊にゆきつかざるをえない。このソ連邦システムの崩壊を手がかりとして資本主義の崩壊を推論すると、資本主義の終焉は、私的利益を公的に規制する集団的行動を生み出すリベラルな政治連合を創出するか、あるいは移民排斥や強力なナショナリズムにもとづいて監視体制を強化するか、のいずれかの方向をたどることになるだろう。

クレイグ・カルフーンは、資本主義を純粋なシステムとしてではなく、非資本主義経済、および社会的・文化的要因とのかかわりのなかで一つの歴史形成体として捉えるべきことを強調する。資本主義は、これらの諸要因との関係を通して、社会的費用を外部化したり、環境汚染や社会危機を引き起こすが、そのようなかたちで危機を先送りし、他者に転嫁することによって、資本主義は衰弱しつつも生き延びるであろう、と言う。

本書は、資本主義が終わるのかについて予言者に尋ねるような態度で臨む読者をきつく戒めている。資本主義の終りは惨事のあとの崩壊状態でもなければ、バラ色の楽園でもない。わたしたちが日々この日常を生きていることの帰結が資本主義の終りをもたらすのだとしたら、日々の生き方のうちにその破局を察知し自己のものの考え方や身の振る舞い方や関係のありかたを変えていくこと、本書の著者たちは、終章で「目を覚ませ」と読者に語りかけ、資本主義の構造的危機に向き合うわれわれの現在の日常的な自覚を求めている。だから、本書をひもとく読者は心してかからなければならない。
この記事の中でご紹介した本
資本主義に未来はあるか 歴史社会学からのアプローチ/唯学書房
資本主義に未来はあるか 歴史社会学からのアプローチ
著 者:イマニュエル・ウォーラーステイン
翻訳者:若森 章孝、若森 文子
出版社:唯学書房
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