「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策 書評|ガイ・オルトラーノ(みすず書房 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月28日 / 新聞掲載日:2019年9月27日(第3308号)

「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策 書評
従来の解釈への異議申し立て
論争の意味を多様な力線に切り分けながら明らかに

「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策
著 者:ガイ・オルトラーノ
翻訳者:増田 珠子
出版社:みすず書房
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 本書は、C・P・スノーの「二つの文化と科学革命」をめぐる論争の意味を多様な力線に切り分けながら明らかにした本格的歴史書である。論争はこれまでも歴史研究の対象となってきた。その蓄積も踏まえながら、本書は従来の解釈に異議を申し立てている。

スノーは物理学研究者から小説家へ転身して成功し、官僚も務めた人物である。一九五九年に行われた講演「二つの文化と科学革命」は大きな反響を呼び、すぐに邦訳され、後の増補も含む『二つの文化と科学革命』(みすず書房)は広く読まれてきた。その講演に英文学者のF・R・リーヴィスが噛みつき、「二つの文化」論争が形成される。

従来、この論争は「人文学vs自然科学」の二分法による学問間の対立としてかなり単純に理解されてきた。しかし、本書によれば、対立はむしろイデオロギーにかかわる。科学主義者スノーは近代を科学に裏打ちされた産業文明の進展として肯定し、楽天的なテクノクラート主導のリベラリズムを信奉していた。片や、文学主義者リーヴィスにとって、大衆文明たる近代は否定すべきものであった。当時、英国では教育の制度改革が進行し、大学数も増加しつつあった。そこで、スノーは大学を専門的訓練の場に変えることで経済的繁栄が可能になると主張した。対するリーヴィスにとって、大学は専門化と実用主義に抗する社会批判の場でなければならなかった。論争は文明観の対立なのである。ただし、二人はともに専門的知識をもつ専門家重視の能力主義に立っていた点で、驚くほど類似していた。

スノーからすれば、社会の停滞、文化の硬直化、経済の衰退といった英国が植民地を失うとともに問題化してきた現象(実際には衰退主義とでも呼ぶべき言説)は、能力主義がいまだ採用されず、反科学主義が蔓延している結果にほかならない。オルトラーノは、文学的知識人に対して科学者を称揚するスノーの「二つの文化」説が熱狂的に受けられた点に、英国におけるテクノクラシーの進行を見ようとする。その科学主義的な専門家支配はさらに進行すると、環境問題への関心などによって逆にリーヴィスの再評価をもたらすことになる。「二つの文化」論争はそれまでの左派や保守派の位置づけに配置転換が起こることを予示する出来事にほかならないのである。オルトラーノは、そこで前提とされている能力主義が、その後、市場主義へと解消されていくという見通しも述べている。

このように「二つの文化」論争を第二次大戦後の英国史のなかで見直すと、自然科学に対する評価の問題が大学教育、社会史、国家の衰退、植民地主義の総括といったさまざまな論点と結びついていることが明らかとなる。日本でも、国公立大学の文系学部廃止の話から「論理国語」か「文学国語」という高校の国語選択化に至るまで、「実学」重視の日本版「二つの文化」説による圧力はますます強まっている。そこでは何が意識すべき力線なのだろうか。その点に示唆を与えてくれる本書の刊行は実に時宜になったものといえるだろう。ただ、翻訳はお世辞にも読みやすいものだとも注意が行き届いたものともいえないことは残念である。たとえば、冒頭の「謝辞」(ⅶ頁)の最初の文でattendとattestがともに「注目する」と訳されているくらいはご愛嬌と言えるかもしれない。しかし、右で触れたイデオロギーの位置づけの配置転換という解釈を説明する部分に、「一八八〇年代のハクスリーから一九六〇年代のスノーまで、科学と自分の立場を結びつけた人物は、しばしば左派のライバルに挑戦して、進歩と改革の途上に立ちはだかる保守派もしくは反動主義者という烙印を相手に押している」(二六頁)とあるが、この訳文では、原文のchallenged their rivals from the leftの訳の問題もあって、右か左かといったスノーの位置づけはさっぱりわからない。本書には、こういう個所は少なくない。もう少し意味の通った、配慮された翻訳で読みたかったといいたくなるのも当然ではなかろうか。
この記事の中でご紹介した本
「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策/みすず書房
「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策
著 者:ガイ・オルトラーノ
翻訳者:増田 珠子
出版社:みすず書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「「二つの文化」論争 戦後英国の科学・文学・文化政策」出版社のホームページはこちら
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