掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集 書評|ルシア・ベルリン(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 外国文学
  6. アメリカ文学
  7. 掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月28日 / 新聞掲載日:2019年9月27日(第3308号)

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集 書評
人生が愛おしくなる一冊
自らの経験を魅力ある物語の数々に

掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集
著 者:ルシア・ベルリン
翻訳者:岸本 佐知子
出版社:講談社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 アメリカの作家ルシア・ベルリン(一九三六ー二〇〇四)は生涯に七十六の短編を書いたが、意外なことに生前は一部の人にしかその存在を知られていなかった。本書はそんな彼女の再評価に繋がった二〇一五年に発売された作品集『A Manual for Cleaning Women』に掲載された四十三篇の中から二十四篇を選んで翻訳した一冊だ。

孤独な娘時代、祖父の性的虐待、学校でのいじめ、経済的に恵まれたチリのサンチャゴでの生活、三回の結婚と離婚、シングルマザー時代に生活を支えるために就いた掃除婦やERでの勤務、アルコール依存、母との確執、妹の看取り、父の介護、刑務所での文章指導の経験……。作品の多くはベルリン本人の起伏に富んだ実際の人生を素材にしているという。そのためだろうか、形式としては自伝のように一人称で書かれた作品が多いが、「作家ベルリン」は、生身の自分と一定の距離を取りながら、その魂が発する声に耳を澄まし、聞こえてきた声を独自の文体で綴ることで、自らの経験を魅力ある物語の数々に仕上げている。

作品を読んでいてまず気づくのがたくさんの比喩表現だ。鋭い観察眼やギリシャ神話から三島由紀夫まで広い教養に裏打ちされた思いがけない言い回しに、読者の感性は刺激され、物語に引き込まれる。

そして強いイメージを喚起する厚みのある描写。特に、外見、行動、あるいはその人が存在する空間の特徴を通して描かれた人物像は、その人の人生や内面までも浮き彫りにしている。

語られる内容に合わせたストーリーの展開も印象的だ。「星と聖人」では、主人公の困惑ぶりの高まりと歩調を合わせ、話がどんどん加速する。最終場面に描かれるオチのような最大の勘違いに向けて読者は混乱しつつもわくわくしながら読み進めることになる。表題作「掃除婦のための手引き書」は様々な目的地に向かう路線バスごとに話が進む構成。愛する人を失った家政婦は仕事先の家々を訪れるのに違ったバスを利用するが、彼のもとに行くバスがないことや、彼が路線バスが嫌いで絶対に乗らない人だったことで、この家政婦の喪失感が読者には伝えられる。語り手が別れた夫との出会いから今を語る「ソー・ロング」。オークランドからメキシコシティ、アルバカーキ、ニューヨーク、アカプルコと場所から場所へそして過去と現在を自由に移動しながら重層的に話が進む。自由な時間の移動は他の作品にも見られる特徴だが、この作品での時空を超越する構成は語り手が知った愛の形を読者に告げているように思う。「苦しみの殿堂」にはママと呼びかけつつ二人称で母を語る形式の部分があるが、そこには生前の母に自分の声を聴いてほしかった語り手の思いが滲むようだ。「ママ」のそれまでの話のトーンを一気に変える突然の結末。読者はドキッとし、強い感情の存在を読み取る。

心動かされたのが事実に対して新たな視点を見出すベルリンの力だ。

新たな光を当てることによって一つの出来事が多彩な色合いを帯び、物語になっていく。女学生が学校で経験した深い疎外感や居場所のなさは切ないながらも勘違いが生んだ可笑しみも読み取れる物語に昇華され(「星と聖人」)、妹の看取りの辛い経験は、七年前の看取りの生活の中で目にした光を浴びた妹を、今の陽の光に感じとる喜びの物語になる(「あとちょっとだけ」)。時間、お金、人間関係。すべてを奪われたアルコール依存の経験は、息子と朝食を食べ、玄関先まで見送って挨拶をかわすというような世間にありふれた行為にも深い感謝の念を抱く物語になる(「ソー・ロング」)。

人生が愛おしくなる一冊だ。
この記事の中でご紹介した本
掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集/講談社
掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集
著 者:ルシア・ベルリン
翻訳者:岸本 佐知子
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
岸本 佐知子 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > アメリカ文学関連記事
アメリカ文学の関連記事をもっと見る >