お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 書評|北村 紗衣(書肆侃侃房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年9月27日 / 新聞掲載日:2019年9月27日(第3308号)

お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 書評
キングコングとしての批評家?
―凶暴でいて繊細なフェミニスト批評の試み

お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門
著 者:北村 紗衣
出版社:書肆侃侃房
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 「女の子たちにやるべきこととそうでないことを教えるなんてことを、社会はもうやめるべき時です。そうじゃなくて、ものすごく小さなささやき声で、あるいはものすごく大音量のメガホンで、あなたたちを止めることは誰にもできないんだってことを、伝えるべきなんです」――メイジー・ウィリアムズは、『ゲーム・オブ・スローンズ』のアリア・スターク役を通して獲得した世界的名声を活かし、「女性のエンパワーメント」のために繰り返し語ってきた。けれどもそんな彼女はまた、フェミニズムに対する一定の距離感を絶えず強調してきたことでも知られる。すでに二〇一四年に、エマ・ワトソンの国連スピーチのような「第一世界フェミニズム」には我慢ならないと公言していたウィリアムズは、二〇一六年春には、『GOT』がその女性表象の一側面――特に第五シーズンのあらわなレイプ描写――を理由にかき立てることになったフェミニストたちからの攻撃の激しさに衝撃を受けるあまり、どうしようもない「セクシスト」以外は普通のひとということにして、「フェミニスト」などという言葉は廃止してしまうべきだとさえ提案したのだった。そして今年、最終シーズンの撮影を終えて髪を大好きなピンクに染めた彼女は、かつてはフェミニスト的と見られないのを恐れて好きな色は緑だと答えていたことを告白しつつ、今は「そんなことはまったく馬鹿げてると思うことに決めた」のだと語っている。こうした逡巡と緊張からうかがえるのは、フェミニズムという言葉とその周囲に醸し出される環境が、最近数年の大きな変化にもかかわらず、英米のリベラルな女性たちにとってさえ、解放への励ましとなるのと少なくとも同程度に、新たな拘束として感じられる何かであることを必ずしもやめてはいないという事実だ。

この種の両義性は、フェミニズムに限らず、既成の思考枠組みを対象化するという批判ないし批評の身振りが要請する俯瞰的眼差しが、社会のただなかで生きる人びとの日常に対する上からの恣意的な介入として、一種の押しつけとして受け止められがちであるという事情に起因している。解放の強力な武器にほとんど必然的に伴っているように見えるこうした困難を、解消しえないまでも抑制するにはどうすればよいのか。北村紗衣の新著『お砂糖とスパイスと爆発的な何か』は、「不真面目」であること、「ゆるふわ(?)」であること、「内なるマーガレット・サッチャー」を抱えた「凡フェミ」であることを進んで掲げることで、この課題に応えようとする試みとして読むことができる。

既成の思考枠組みという「檻をブチ壊す」こと、そして作品とそれを生み出す社会を俯瞰的に眺めるべく高みに立つことが推奨されつつも――それをエンパイアステートビルに登る「キングコングになったつもりで」と表現するセンスには脱帽するしかない――、本書の批評的アプローチは、「上から目線」の傲慢さとはほど遠い繊細さと鷹揚さを特徴としている。何より心打つのは、フェミニスト批評の著作でありながら、フィクション作品に現れる「キモくて金のないおっさん」たちの運命に温かな――少なくとも生温かい――眼差しが注がれていることだ。彼らが自らの社会的周縁性と折り合いをつけるために女性たちを不当に扱いがちであることを哀しみつつも、著者はこのような構造にすべてを帰着させることを拒み、「おっさん」たちへの一定の共感を維持することを選ぶ。多様性礼賛の観点から評価される近年の諸作――『アナと雪の女王』や一部の「トランスジェンダー女子映画」――の基盤に保守的な発想を見定め、ディストピア小説の名作群のうちに性差別的構造を暴き立てる一方で、本書はあれこれの限界や問題性を抱えつつも読まれ見られるべき「一筋縄ではいかない」作品、多面的な分析や新たな解釈を許容する作品の魅力を、強調してやまない(例えば、オルタナ右翼にもフェミニストにも支持される『ファイト・クラブ』)。唯一の正しい解釈という前提を退け、何らかの構造の決定的な暴露によって作品の価値を固定化することを差し控えるこうしたバランス感覚が、本書を何であれ特定の観点の採用が時に陥らせることになる一面的性格を免れた優れた「批評入門」にしている。フェミニズムへのこうしたアプローチであれば、メイジー・ウィリアムズも受け入れるのではないだろうか、たぶん。「ピンク万歳!」
この記事の中でご紹介した本
お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門/書肆侃侃房
お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門
著 者:北村 紗衣
出版社:書肆侃侃房
以下のオンライン書店でご購入できます
「お砂糖とスパイスと爆発的な何か 不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門」出版社のホームページはこちら
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