日々の泡 書評|ボリス・ヴィアン(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年9月28日 / 新聞掲載日:2019年9月27日(第3308号)

ボリス・ヴィアン著『日々の泡』

日々の泡
著 者:ボリス・ヴィアン
翻訳者:曾根 元吉
出版社:新潮社
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 もう昨日の繰り返しのような退屈な日々には飽き飽きだ。私たちには、心を空想にすっかり浸し、やさしく泡立たせるような愛の物語が必要である。

フランスはパリ、物質的にも文化的にも豊かな主人公の青年コランはデューク・エリントンの曲と同じ名前の女性クロエと出会い柔らかな愛に包まれ、結婚に至る。働かなくても不自由なく暮らせるだけの資産を持っていたコランは、労働とは程遠いところで恋人や仲の良い友人と遊びながら洒落た暮らしを楽しんでいた。しかし、彼らの運命はクロエが肺に患った「睡蓮」によって、少しずつ狂っていく。数奇で残酷な愛の物語である。

本書で特徴的なのは物語に気の利いたスパイスのように散りばめられた、美しく/絶望的な表現の数々である。例えばコランが発明した「カクテルピアノ」はピアノを弾くと、そのメロディー、和音やスピードに対応して、ピアノと連動した装置が稼働しオリジナルカクテルが出来上がる。このように非日常的で奇妙な創作単語に、醒めきっていたハートは一瞬で恋に落ちる。

これらの単語には物語の状況も反映されている。ストーリーがグラデーションのように、カラフルからモノクロに色を変えていくと、表現の色彩も違ってくる。前半は「カクテルピアノ」に加え、二人を包み込む暖かくシナモン入りの砂糖の匂いがする薔薇色の雲や、ボタンで窓ガラスの色を変えることが出来てまるで虹の中にいるような感じになる車など、ふんわりとした甘い香りに満ちている。物語終盤では対照的に、黒焦げになった生体の嫌な臭気や、黒い炎と沸騰する血液、黒ずんだ褐色の顔色など、文字は終始グツグツと煮えたぎっており、重苦しい匂いが漂ってくるようだ。

しかしながら本書の魅力はこのような表現だけにとどまらない。恋愛小説として読み進めていくと、物語の本質は「労働」であることに気づく。ロマンティックな世界観の中に、現実社会への鋭い指摘を見つけることができるのだ。例えばクロエは、労働する人々についてこのように発言している。『醜悪である/機械でやれるような労働はばからしい』。労働が正しく、美しいと信じ込ませている社会へ、著者なりの批判のエッセンスが含まれていると受け取ることができる。このクロエの発言は、結婚式を終えた直後のもので、コランはこの時点では労働をしなくても生活に困らない状況であったが、クロエが睡蓮を患って後の高額の治療費や、友人シックへの貸し金によって、コランは労働を余儀なくされ、文化的な豊かさが徐々に失われていく。

うっとりとさせる夢の様な光景が繰り広げられながらも、それを蝕む「現実」、「労働」からは逃れられないことを突きつけられる、そんな作品だ。
この記事の中でご紹介した本
日々の泡/新潮社
日々の泡
著 者:ボリス・ヴィアン
翻訳者:曾根 元吉
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「日々の泡」出版社のホームページはこちら
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