下丸子文化集団とその時代 書評|道場 親信(みすず書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2016年12月2日 / 新聞掲載日:2016年12月2日(第3167号)

下丸子文化集団とその時代 書評
運動の時代を分厚く記述 社会学の枠を超える大きさと読みやすさ

下丸子文化集団とその時代
出版社:みすず書房
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本書は、第二次世界大戦後の日本の社会運動史に社会学の立場から取り組んできた道場親信氏の遺作である。いや、社会学というのは評者の思い込みに過ぎないかもしれない。本書もそうであるように、『占領と平和』、『抵抗の同時代史』といった道場氏のお仕事は、アカデミックな社会学の枠を超える大きさと親しみやすさを兼ね備えている。とくに本書は、道場氏のそうしたオリジナリティが今まで以上の高みに達していて、その濃密な語りに浸りながら、評者は、これこそ研究者として「生ききる」ということなのだなと、深い感動と喪失の悲しみを覚えたのだった。

本書は、1950年代の東京南部の工場街に広がった、詩作を中心とする文化活動(サークル)の消長を、豊富な資料と当事者への聞き取り調査をもとに描き上げたものである。記述の中心軸は、芥川賞受賞直前にこの活動に関わった安部公房とこの活動を主導しながらその頂点で夭折した江島寛との対照で、その周りに「下丸子文化集団」の実態、近隣の類似の活動の実態、それらを取り巻く文学界、労働運動界、それらと密接に関わる一方、内外の情勢から岐路に立たされていた日本共産党、さらに戦後の東京南部という都市空間を、いわば同心円状に描き出すことを通して、主題にある「その時代」を「分厚く」記述した。この時代の社会運動に注目する研究は、道場氏もていねいに参照しているようにすでに多数あるが、本書は、それらを超える、新しい意味を見出したように思われる。

評者が考えるその意味とは、次の3点である。第1に、活動しながら考える人と、対立や別れも含むかれらの関係に照準して記述したこと。そのリアリティは、読者にまるでその「集団」の中でともに喜び、悩むような印象を与えるほどだ。第2に、活動のメディアである、「わら半紙とガリ版」(たぶん道場氏や私はガリを切ったことがある最後の世代だろう)で作られた雑誌そのものに愛着ある視線を投げかけたこと。表紙をはじめ、要所に配された図版が、「文化」のリアリティを肌身に感じさせる。第3に、そうした記述を通して、社会運動が思想、文化、政治の交わるところで、そのどれにも還元できないような社会的事実として、運動者たち自身によって生きられることを明らかにしたこと。それは今日の社会科学に蔓延する「合理的選択理論」への強烈な異論であると同時に、今日の論壇に見られる新しい「政治的引き回し」への強烈な抵抗でもある。

1点だけ評者が不満を覚えたのは、取り上げられた詩に対して、(あとがきによれば)詩が好きでも詩人でもない道場氏が、いい悪いの評価を下してしまっているところである。歴史記述としてはルール違反だが、それは共同研究の仲間たちと、まるで現場にいるかのように声を出して読んで研究したがゆえの、思い入れなのかもしれない。

読み終えて、評者はふと想像を広げてみた。かつてカリカリとガリを切った指は、今タッチパネルを忙しなくスワイプしている。かつて工場の片隅で詩を読み、歌った声は、今街頭でサウンドの轟音やラップのリズムに乗っている。これは半世紀前の過去だが、現在の可能性でもあるのだ。道場氏は、そうした夢を残された私たちに託してくれたのにちがいない。
この記事の中でご紹介した本
下丸子文化集団とその時代/みすず書房
下丸子文化集団とその時代
著 者:道場 親信
出版社:みすず書房
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