対談=荒井裕樹×杉田俊介 生きづらい「いま」を生きゆくために 『どうして、もっと怒らないの?』(現代書館)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月4日 / 新聞掲載日:2019年10月4日(第3309号)

対談=荒井裕樹×杉田俊介
生きづらい「いま」を生きゆくために
『どうして、もっと怒らないの?』(現代書館)刊行を機に

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『どうして、もっと怒らないの? 生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる 荒井裕樹対談集』(現代書館)が刊行された。五本の対談で、障害者運動、「いのち」を支える言葉、ポスト相模原事件、などについて語られた本書。刊行を機に、批評家で元障害者ヘルパーの杉田俊介氏に、荒井裕樹氏との対談をお願いした。本書と、本対談がいまを考えるきっかけになれば幸いである。編集部)
第1回
自己責任論から社会責任論へ

杉田 俊介
杉田 
 本書のタイトル、『どうして、もっと怒らないの?』は、荒井さんが前著『差別されてる自覚はあるか』でその半生を描いた、CP(脳性マヒ)者の横田弘さんの言葉が元になっています。

横田さんは一九五七年に結成された脳性マヒ者の運動団体「青い芝の会」で、障害者運動を牽引した人ですね。『差別されてる自覚はあるか』は横田さんが書いた「青い芝の会」の「行動綱領」を批評的に読み解いていった本です。「行動綱領」の言葉にはある根本的な「わかりにくさ」があるので、荒井さんは半ば横田さんの伝記を書くようにして、CP者がどういう意味で健全者たちの社会と闘ってきたのかを物語ってみせた。

ところで僕は、二〇〇〇年代後半のいわゆる「ロスジェネ論壇」や反貧困運動の中で『フリーターにとって「自由」とは何か』という本を出したのですが、そこで「私たちは、もっと怒っていい」と書いたんです。
荒井 
 そうでしたね。
杉田 
 二〇〇〇年代当時も「自己責任論」は蔓延していて、非正規雇用者の不幸や貧困は自己責任だと非難されていました。ワーキングプアは構造的問題でもあるのに、当事者が自己責任論を内面化して、さらに自らを追い詰めていく。自己責任論は、非正規雇用や貧困という構造的問題を「なかったこと」にする最大のロジックだった。その状況を断ち切るために、当事者もまた怒りの感情を回復すべきではないか、と書いたのです。
荒井 
 中島岳志さんとの対談の中で話しましたが、僕も非正規雇用の当人が、苦しい状況にいるにもかかわらず、なぜか経営者側の論理で状況を語るのに違和感を覚えました。これは、杉田さんが著者の一人となっている、雨宮処凛編著『この国の不寛容の果てに 相模原事件と私たちの時代』(大月書店)の中で、キーワードとして出て来た「統治者としての目線」や「財務省的な語り口」ですよね。苦しい人がそういう語り方をしてしまうのはなぜなのか。とても気になっています。

「青い芝の会」は自身の痛みを運動の原点に据えて、社会に蔓延する障害者差別と闘いをしました。その運動から、いま、学ぶべきことが多いだろうと思っています。
杉田 
 自己責任論から社会責任論へ、という価値転換ですね。僕は一〇年ほど川崎市で障害者介助をしていました。フリーターや貧困状態にある人が、まさに「内なる優生思想」あるいは「内なる能力主義」でもって、現状のつらい境遇は自分の責任だ、と自らを責める状況を、七〇年代の障害者運動や六〇年代後半からのウーマンリブを参照して考えていました。僕に限らず六〇~七〇年代の運動で得られた言葉や認識を、二〇〇〇年代の労働問題や貧困問題の中に導入しようという動きがあったと思います。

たとえば社会活動家の湯浅誠さんが、アマルティア・センのいう「ケイパビリティ」を、「(援助資源の)溜め」という日本語に置き換えて、貧困は自己責任ではなく、社会に溜めがないことが原因だ、究極の排除とは自分自身の排除だといいました。

また作家・活動家の雨宮処凛さんは「生きさせろ」という言葉をキーワードに、労働運動は同時に、生存運動でなければならないと主張しました。しかも無条件の生の肯定でなければいけない。働く能力がある人に限定すべきではない。国民の法律や国際的な人権以前のものとして、生そのものが肯定されていいと。それらの思考には、障害者たちが積み重ねてきた歴史が、流れ込んでいるのではないか。
荒井 
 日本の福祉や障害者運動の文脈で、「生存権」というときの意味合いは、元をたどれば結核患者だった朝日茂が、生活保護について争った「朝日訴訟」(一九五七年提訴)に行き着きます。この訴訟で憲法二五条「健康で文化的な最低限度の生活」の内実が争われたわけです。

一方、七〇年代に「青い芝の会」も「われわれに生存権はないのか」と訴えていますが、それはもっと直接的に「殺すな」といった意味合いが強い。もともと、横浜で起きた母親による障害児殺しに対し、世間の安易な同情と減刑嘆願が起こったことに対する抗議から、「青い芝の会」は始まっています。その当時は、CP者の多くが、「殺される」という危機感をリアルなものとして感じていたわけです。

雨宮さんが叫んだ「生きさせろ」も、おっしゃるように「青い芝の会」が叫んだ「生存権」と響き合うものがあると思います。ただ当時の雨宮さんが、「青い芝の会」についてご存じだったのかといえばそうではなく、約四〇年の時を経て、追い詰められた人間の絶叫が同じようなフレーズとなって呼応した、ということなのだろうと思うんです。
杉田 
 本書の冒頭で荒井さんは、かつてあった障害者のラディカルな解放運動を、脳性マヒ者や重度障害者の話なんて自分たちの苦しみには関係ない、と他人事のように片付けられてしまわないために、現在の「生きづらさ」の問題に接続していますね。「生きづらさ」も、ロスジェネ運動の中で積極的に使われたタームでした。重要なのはそれが、マイノリティ属性がない人々にも、ゆるやかに使える言葉としてあったことです。それは「健全者」の非正規雇用の問題や、境界線上にある鬱病やメンヘラの問題をも横断的に接続することができた。かつてのマイノリティ運動の認識を拡張し更新しつつ、様々な人がもっと怒っていいんだと。

そもそも近年はスペクトラム(=グラデーション、連続体)の時代といえるでしょう。発達障害や鬱病、あるいはLGBTなどにかんしても、正常/異常の二元的区別ではなく、本当は全てがスペクトラム的に存在する。マイノリティとマジョリティとで明確に線引きできない、グレーゾーンが広がっている。逆にいうと、多数派的な人たちが生きるのが苦しかった場合、そのつらさを公正な形で社会化して語る言葉が必要だった。依存症や鬱病になっても、健全者でヘテロな自分はつらいなどととても口にできない、という強迫観念に苦しめられる。そこに「生きづらさ」やプレカリティ(不安定性、非正規性)という曖昧さを包摂する概念が出て来て、プライヴェートな苦痛を社会化するための「蝶番」ができた。そういう流れがあったと思うのです。
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この記事の中でご紹介した本
どうして、もっと怒らないの?――生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる/現代書館
どうして、もっと怒らないの?――生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる
著 者:荒井 裕樹
出版社:現代書館
以下のオンライン書店でご購入できます
「どうして、もっと怒らないの?――生きづらい「いま」を生き延びる術は障害者運動が教えてくれる」出版社のホームページはこちら
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