きえもの 書評|九螺 ささら( 新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月5日 / 新聞掲載日:2019年10月4日(第3309号)

きえもの 書評
その未完成に惹かれる
物語世界を短い言葉で構築しようとする試み

きえもの
著 者:九螺 ささら
出版社: 新潮社
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きえもの(九螺 ささら) 新潮社
きえもの
九螺 ささら
新潮社
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 著者の九螺ささらさんは歌人だ。前著『神様の住所』では、モノに関するエッセイを、短歌と短歌が挟んでいた。たとえば、水。「わたしとはほとんどが水水ゆえにゆれるきらめくながれ消えゆく」といった短歌がパッセージの最初に置いてあり、水に関する二ページほどの文章が続き、最後に「『水色』は水の色ではなかりけり透明な例えれば光色」と閉められていた。短歌の間に挟まっている文章が妙に色っぽい。冒頭と末尾の短歌を説明しているわけでもない。二つの短歌と挟まっている散文の距離感が絶妙なのだった。

その九螺ささらさんが二冊目の本を出した。『きえもの』という。表題の意味は、食べるもの、という意味だ。「蕗」や「ユリ根」、「ちくわ」に「ウエハース」などがお題になっていて、前作同様まず歌が詠まれる。最後にも歌が置いてある。だが二つの短歌の間にある散文は、短い短い物語だ。ここが前作とは大きく異なる。「柿の種」と題された箇所を紹介しよう。

柿の種降りつづく乾いた音して3マイルつづく煉瓦道の上

これが最初の短歌。物語は、こんなふう。二年半、過食症だった。その間、主食は柿の種だった。起きている間、柿の種を食べ続けた。過食症以前は、小食で晴れ女だった。過食症になって雨女になった。柿の種が降ってきた。〈一緒に水を飲めばいいのか〉と考え、水を飲むと、湿りけのある柿の種が降ってきた。柿の種はどろどろになり、米状になった。水だけ飲むようになった。そして過食が止まった。小食になり晴れ女に戻った。でも「胃がもだえている」。「もっと猥雑なものが」食べたいと、悶えているのだ。「空が曇りはじめている」、と続いた散文がそこで唐突に切断され、最後の歌、「この惑星に降るものは愛か星か水浴びながら爪や芽が伸びてゆく」が置かれている。

どう読めばいいのか、ちょっと戸惑ったのは本当だ。食べ物を摂取すること、肉体の不思議を実感すること、地球や宇宙と交感すること。それらのトピックのほうへ記憶の中の登場人物を呼び込みながら(じっさい、親戚や近所の住人がたびたび物語の部分には登場する)、幻想的な物語を織り上げる。ほんの二頁だ。物語は完結しているわけではない。どこにでも広がってゆけるような可能性を残して、短歌に挟まれている。短歌の説明ではない。いわゆる「詞書」でもない。短歌はそれだけで独立し、物語は短歌の世界とゆるく接しながら、それでもその世界を構築しようとしている。すべての試みがうまくいっているわけではない。挟まれる物語に言葉が足らないために、物語として成立する以前に壊れているところもある。それでも九螺さんの試みを支持したいと私は思った。着地点さえはっきりしないのに、物語世界を短い言葉で構築する試みはつねに発展途上である。その未完成に惹かれる。最も好きな歌は「アンズ」を巡るもの。「昨日の過ちが赦されたようにシウマイ弁当にアンズがひとつ」。

アンズと杏子の物語は読んで確かめられたし。
この記事の中でご紹介した本
きえもの/ 新潮社
きえもの
著 者:九螺 ささら
出版社: 新潮社
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