世界はたくさん、人類はみな他人 書評|本橋 成一(かもがわ出版 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月5日 / 新聞掲載日:2019年10月4日(第3309号)

世界はたくさん、人類はみな他人 書評
どこに軸足を置くか
耳を傾けると語りかけてくるエッセイ集

世界はたくさん、人類はみな他人
著 者:本橋 成一
出版社:かもがわ出版
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 本書が本橋成一の初めてのエッセイ集と知り、驚いたのは何故だろうか? 思えば著者とは長い付き合いである。随分とお喋りをしてきたからか、既に聞き及んでいるエピソードも幾つかあって、初めてとは思えなかったのかもしれない。

自戒をこめて言ってしまえば、昨今はメールで用件を済ませてしまう人が多くなった。もはや現代人は、他者の声に耳を傾け、自身の言葉で話すことがストレスになってしまっているようである。幸か不幸か本橋はメールができない。そもそも写真家は昔から電話魔である。幾つもの着信記録があるから折り返し電話をすると、大した要件でも急を要することでもなかったりする。当のご本人は、ただ声を聴きたかっただけだったと言ってくれるから憎めないし、元より本橋の本質は電話よりも直に会って話すことにおいて、まったく労を厭わない人である。

さて、そんな本橋成一の写真家以前の学生時代に、止むに止まれず訪れた筑豊炭鉱で、記録文学者の上野英信から「どこに軸足を置いて君は写真を撮るのか。それだけはちゃんと持っていなさい」と言われた。

随分前のことになるが「土門拳さんはカミソリのような人だから、即断即決で切れ味のある写真を撮ってしまうけれど、ぼくのは錆びた肥後守だからさ、土門さんのようにはいかないのさ、一枚の写真を撮るにはじっくりと対象に近付いて、お酒を呑んだり、馬鹿話をしたり、時には一緒にお風呂に入ったりして過ごさないと撮れないんだよ」と話してくれたことがあった。本書の中で本橋は「写真を撮る行為というのは、とても暴力的だ」と言って憚らない。これこそが上野英信の薫陶の賜物であり、写真家本橋成一の矜持にほかならい。「どうだ、見たか!」といった暴力的な写真が大手を振っている時代であればこそ、それを直に写真家から聞けたことは、とても幸運な体験だった。上野英信の一言から写真集『炭鉱〈ヤマ〉』は結実した。以来、どんな現場にあっても写真家の軸足がブレたことはない。

果たして写真家本橋成一の軸足とは何か、それは生活者としての具体性にある。実人生のなかで本橋が五感で体感し自身の頭で考え、己の目で見て確立した眼差しでもある。ある時は、筑豊で出会った炭鉱夫家族の生き様であり、次女がダウン症で生まれたときに「子は授かりものというが、ぼくは『授かる』というのは、自分のなかに子どもの価値観をプレゼントされることだと思う」と受け入れることであり、与那国島で全長七メートルのサバニを操る漁師が台風の時に、海に飛び込み舟のヘリにつかまって嵐が通り過ぎるのを待つ術である。そこに生きることの勇気と自然への謙虚さを教えられ、チェルノブイリ原発事故後の四号炉の縁に咲いた一輪の野草への眼差しであり、認知症の老母と一緒に風呂に入ることである。本書には載っていないが、母と息子の至福の入浴写真を見たことがある。

本橋は、昔から大きな声でゆっくり話す人だけれど、慌てたりすると舌の根がまごつく。そこに味わいがある。この本を読んでいると、本橋自身が耳元で訥々と話してくれているような気分になってくる。訥々がこれほど味わい深い人をほかには知らない。

にもかかわらず、解せなかったのは「十年後の夢」のなかで、自身の十年後の米寿の夢を語っているのだが、それは、どう低く見積もってみても「三十年後の夢」を書くべきであった。

この本は、慌てて通読しないで欲しい。じっくり本橋成一の一語一語に耳を傾けて欲しいのだ。そうやって読んでいると、折々に点在している物言わぬ写真が静かに語りかけてくるし、〈世界はたくさん、人類はみな他人〉であることに納得するから不思議だ。
この記事の中でご紹介した本
世界はたくさん、人類はみな他人/かもがわ出版
世界はたくさん、人類はみな他人
著 者:本橋 成一
出版社:かもがわ出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「世界はたくさん、人類はみな他人」出版社のホームページはこちら
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