「J演劇」の場所トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ 書評|内野 儀(東京大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月9日 / 新聞掲載日:2016年12月9日(第3168号)

「J演劇」の場所トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ 書評
より明確に映る現代演劇に対する立ち位置 批評的な身振りをする最後の本

「J演劇」の場所トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ
出版社:東京大学出版会
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いくつかの評論、とくに本書の第二章「J演劇を理論化する――〈九・一一〉のあとに」に収録されている二〇〇〇年代以降の日本演劇に関する評は、雑誌掲載時にすでに読んでいた。だが、本という形になってまとまると、それらの評論も違った様相を呈する。著者の現代演劇に対しての立ち位置も同様だ。手さぐりのように、二〇〇〇年代の若手の演劇について言説を紡いだこととその帰結が、多少の時間を経たいま、それが何であったのかがより明確に映る。

おそらく二〇〇〇年代の演劇シーンに登場した、現在の若手から中堅の演劇人にとって、最も重要な指標となっていたのが著者の書くものだ。そこにはどのような身振りがあったのかが、この本には集約されている。もちろん、これらの評は当時、演劇状況へのガイドになったことは言うまでもない。本書にも「J演劇をマッピング/ザッピングする」として、当時の著者が考える主要な劇団が表とともに解説される。今となっては、すでにない、もしくは第一線から退いているものが四分の一を優に越える。だが、そこから導き出される分析や思考は、古びていない。現状の説明だけではないからだ。それは著者の批評の基準とも深く関わる。作品を作るという行為に伴う政治性への自覚、翻って日本という場所、もしくはその文脈に無自覚に依拠して作品を作ることへの批判だ。

だから、著者が「底抜け」と呼ぶ現代演劇の状況、たとえば蜷川幸雄をはじめとして、若手たちの一部へは厳しい批判となり、同時にそれらを踏まえた作家や集団たちへの肯定となる。肯定される代表はチェルフィッチュや解体社だ。これらの評論を同時代的に読んでいたときは、シニカルさやあきらめのなかにありながら、なにか最低限のところで踏みとどまろうとする後退戦の印象があった。しかし、本書からは収録する論を選択したせいか、肯定する集団のいる強みがある。

もちろん、作品のもつ政治性とは、単にテーマが社会性を帯びていれば良いわけではない。それらは第一章に書かれる著者本来の研究のフィールドである、アメリカの近代演劇から現代のパフォーミング・アーツの射程で書かれる。ユージーン・オニールやアーサー・ミラー、テネシー・ウィリアムズといったドラマ演劇から、ドラマという概念から遠く離れたカレン・フィンリー、レザー・アブドゥー、ウースター・グループ、ビルダーズ・アソシエーションなどのパフォーマンス。これらの論は独立して読むことができる。ただし、その中でも特に一九七〇~八〇年代以降のポリティクスとアートが結合したとき、そこで取りあげられるアーティストたちは、著者の批評の位置を示すものであり、日本の現代演劇を照らす役割にもなっている。パフォーマンス・スタディーズという研究の現場が、それらに強く関わったことも、著者の研究者としての立ち位置と身振りに関係している。

また、第三章「グローバリゼーションにまみれて」に収録される論も、その補助線となる。グローバリゼーションの中で、舞台芸術をすることとは何か。確かに、公的助成金によって演劇の環境は劇的に変わり、また舞台芸術というメディアとして重く、世界をツアーする移動性が乏しいと思われていた状況も変わった。もはや大したことはない劇団でも海外公演をする時代だ。その環境と逃れられない世界のなかで、作家たちはどのような作品を作るのか。トランスナショナルな移動性は、単に海外で上演するというクールジャパンの輸出やグローバル資本主義を滑走することと一線を画そうとする。その広い文脈は、様々な現場の理論となりうるものとして、ブレヒトからジュディス・バトラーなど、様々なものが論じられ、あらゆる場所に政治性が含まれていることを提示する。

パブリシティしか求められないこの時代において、まだ批評を書くことに意味があったことに気づかせる。批評的な身振りをする最後の本なのかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
「J演劇」の場所トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ/東京大学出版会
「J演劇」の場所トランスナショナルな移動性(モビリティ)へ
著 者:内野 儀
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
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