戦後東京と闇市 新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織 書評|石榑 督和(鹿島出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月9日 / 新聞掲載日:2016年12月9日(第3168号)

戦後東京と闇市 新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織 書評
肉厚な歴史の証言 戦前と戦後の繋ぎ目に注目

戦後東京と闇市 新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織
出版社:鹿島出版会
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東京ローカルな話で他地域在住の読者には恐縮だが、筆者は池袋という街と縁がある。JR山の手線に東武東上線、西武池袋線、三本の営団地下鉄線が接続しており、乗り換え客の多いターミナル駅だ。

筆者は西武池袋線沿線で生まれ育ったので池袋が至近の繁華街だった。親に洋食屋に連れて行ってもらったなど楽しい思い出もあるが、子供心には荒んだ怖い街という印象があった。印象を決定づけたのは三歳上の姉の通学時のエピソードだった。

国鉄池袋駅西口にあった学芸大学附属小学校に通っていた彼女は西武池袋線が東口に着くので駅を横断しなければならない。自由通路が駅の大塚側にあったが、暗い地下道では傷痍軍人がアコーディオンを弾いて物乞いをしている。両親は小学生になったばかりの姉にそこを通らせるのは危険だと考え、池袋駅までの通学定期券に加えて国鉄池袋駅の定期入場券を買い与えていた(入場券の定期券があることも初耳だった)。駅の中で東西横断したほうが駅員の目もあって安全だと考えたのだ。筆者はまだ就学年齢に達していなかったが、両親と姉の会話を聞いていて池袋は子供の一人歩きが自由にできない怖い場所なのだと思った。そんな記憶があるので本書で池袋が扱われている箇所は特に興味深く読んだ。

著者は東京が戦前の都市計画事業を戦後に引き継いで発展したとみなす先行研究に対して、戦前と戦後の繋ぎ目に注目すべきだと考える。新宿、渋谷、池袋の三ターミナル駅では戦火が激しくなると交通疎開空地を作る動きがあり、駅前には更地が広がっていた。戦後、駅前更地には多くの闇市が作られた。闇市の多くはテキ屋関係者が仕切っていた。戦後復興が本格的に始まると民間資本が駅前の再開発に名乗り出る。特に新宿、池袋、渋谷は私鉄の接続駅で、私鉄主導の百貨店建設が進んだ。公共サービスとしての鉄道事業に専念せざるをえない国鉄は「民衆駅」と称して民間資本導入による駅ビル整備で遅れを取らないようにする。

池袋の場合、一所有者の大規模な区画が駅近くにあったことが新宿、渋谷と違うところだと著者は指摘している。東口には東武鉄道の創設者・根津嘉一郎が所有する通称「根津山」が未開発のまま残っていたし、西口には戦災で移転した豊島師範学校跡地が残っていた。やがて闇市が撤去され、都市計画のための区画整理が本格化すると、既に商売をしたり、住み込んでいた人は代替地や補償を求める。そこで土地を細かく交換したり、ひとまとまりに新しい区画を提供したりするなど、パズルのコマを順次動かしてゆくような作業が進められてゆくが、その際、一所有者の土地は交渉窓口が一つですみ、換地パズルを進める上で大いに助けとなる。

新制の学芸大学となって早くに小金井に移転していた豊島師範学校だが付属小学校だけが池袋に残っていた。姉が通っていたその学校も64年に周辺環境の悪化を理由に移転した。その年を著者は池袋の戦災復興の終わりとしている。それは姉の池袋通学の終わりでもあり、姉を通じて幼心に池袋のイメージを刻んだのは戦災復興の最後の三年間だけだったわけだが、それでも筆者には記憶と実感がある。

対して筆者より若い世代の著者は記憶も実感もないはずだが、資料を丁寧に発掘し、土地利用実態の変遷を細かく追った結果、東京の三大ターミナルの戦前・戦後の繋ぎ目がどのようなものだったか、目に浮かぶように再現してみせた。(各章に綴じ込まれた街の変遷をインフォグラフィック化した図版も視覚イメージの形成に役立っている)。闇市時代を介在させずには戦後のターミナル駅前開発は説明し尽されないことが確かに納得できる。

闇市を描いたドラマによくあるようなテキ屋同士の小競合いなどドラマティックなやり取りが記されているわけではもちろんないが、重量級の博士論文からまとめ直された本書は、肉厚な歴史の証言として一級のノンフィクション作品たりえているとさえ言えよう。
この記事の中でご紹介した本
戦後東京と闇市 新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織/鹿島出版会
戦後東京と闇市 新宿・池袋・渋谷の形成過程と都市組織
著 者:石榑 督和
出版社:鹿島出版会
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