薔薇色のアパリシオン 冨士原清一詩文集成 書評|京谷裕彰(共和国)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

薔薇色のアパリシオン 冨士原清一詩文集成 書評
シュウルレアリスムの名誉ある血統を生きた、《幻の詩人》

薔薇色のアパリシオン 冨士原清一詩文集成
著 者:京谷裕彰、冨士原 清一
出版社:共和国
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 日本における初期のモダニズム詩人のひとり冨士原清一のことは、瀧口修造の「自筆年譜」のこの記事で強く印象に残った。「冨士原は飲むと神楽坂で暴れ、私はきまって介抱役となる。彼は私を守護天使と呼んだ。」そんなことから漫然と、中原中也に似た破滅型のキャラクターなんだろうと思っていた。だが、「詩文集成」と銘打った本書を手にして、当初描いた人物像はきれいに拭われることとなる。巻末には、トレンチコートにソフト帽姿で微笑む肖像写真が載るが、その写真のように端正なモダンボーイで、さらに精神の傾向としても、恐らくは純度の高いシュルレアリストだったに違いない。冨士原は昭和十九年に三十六歳で戦死したが、本書には遺文のほとんどが収められる。とりわけエリュアール、アラゴン、スーポーらの詩篇の翻訳が二十篇以上ある点には注目したい。法政大学やアテネ・フランセで学んだフランス語は達者だったようで、訳文も明快だ。だから黎明期のシュルレアリスムの精神を純粋に受容できたはずである。

ひとくちにモダニストといっても、実態は各人各様だろう。同じ瀧口の自筆年譜のなかで、詩誌『衣裳の太陽』同人でもフォルマリスト的な志向を持つ者は批判されるが、冨士原はいわば瀧口の同志だった。大阪の実家が資産家だったために、詩誌刊行の出資者を引き受けたことにもよろうが、『衣裳の太陽』の編集発行人は、当時まだ二十歳の冨士原である。またこの詩誌が六号で終刊した後の昭和五年には、瀧口が主唱して冨士原がやはり編集発行人である『LE SURRALISME INTERNATIONAL』が創刊されている。

だが、シュルレアリスムの運動に対峙する姿勢では、あくまでストイックであろうとする瀧口に対して、冨士原はより楽観的のようだ。「日本超現実派の運動に関する銀行家カンガルウ氏よりの通信」と題された作にこんなくだりが読める。「1929年吾吾のカフェの細長い卓子の上に吾吾の文学と文明の革命があつた(略)驚嘆すべき吾吾真に驚嘆すべき吾吾 シュウルレアリスム この流派の名誉ある血統は日本の温かなる地方に奇矯なる発達を遂げた 吾吾の光彩陸離たる文学の円光は日本の首都東京を飾つた」いかがだろう、やや無邪気過ぎるとも思えるが、冨士原にとって「シュウルレアリスム」こそが、人生のすべてを賭けて生きるに値する世界だったのだろう。戦後は春山行夫も北園克衛もシュルレアリスムから外れたところで活動した。しかし冨士原が兵隊として送られた前線で生き抜き戦後に活動を再開できたとしたら、瀧口のよき並走者となったのではないだろうか。瀧口が一九七〇年に綴った「冨士原清一に」の副題を持つ文章で、「若いきみのほうがぼくの守護天使だったのだ」とあるように、戦後の新しい芸術運動に、瀧口とは違った立ち位置から生来のパトロン精神を発揮したかもしれない。

詩作に関しては、二十七歳で発表が途絶されたこともあって分量も少なく、自動記述的な文体と評するほかないが、「成立」という一篇には魅力を覚えた。「夜の子宮のなかに/私は不眠の蝶を扼殺する/私の開かれた掌の上に/睡眠の星形の亀裂が残る/★/風はすべての鳥を燃した/砂礫のあひだに錆びた草花は悶え/石炭は跳ねた/風それは発狂せる無数の手であつた//溺死者は広場を通過した/そして屋根の上で生が猿轡を嵌められたとき/夜は最後の咳をした/(略)蛹 それは成立である/蝶 それは発見である(略)」。初期のシュルレアリストとしての墓碑に刻まれるに値する詩篇だろう。

最後に、「志なかばで戦没した《幻の詩人》の再評価」を試みようとして本書を刊行した版元の共和国に敬意を表したい。全くタイプの違う詩人である黒田喜夫の詩文集を出した際に注目したが、こうした落穂拾い型の詩集の刊行という事業もありがたいものだ。
この記事の中でご紹介した本
薔薇色のアパリシオン 冨士原清一詩文集成/共和国
薔薇色のアパリシオン 冨士原清一詩文集成
著 者:京谷裕彰、冨士原 清一
出版社:共和国
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