めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響 書評|惣谷 美智子(春風社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響 書評
今後のさらなる〈めぐりあい〉を暗示
呼応し、語り直され、響き合い、変奏する。四部構成で織りなす豊饒な研究書

めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響
著 者:惣谷 美智子
編集者:岩上 はる子
出版社:春風社
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本書は、ブロンテ文学と他の作家の作品との相互作用を、19名の研究者がそれぞれの関心から探り、それらの論考を「Ⅰ呼応する」・「Ⅱ語り直す」・「Ⅲ響き合う」・「Ⅳ変奏する」という四部構成で織りなした豊饒な研究書である(ほかに、特別寄稿として仙葉豊「『ヴィレット』とメランコリー」が収められている)。いずれの議論でも、ブロンテの原テクストAとある作家の作品Bとを比較し、AとBの類似点、ならびに相違点を挙げるという方法が取られる。言うまでもなく、比較論で肝心なのは、「だからどうなのか」である。以下、この立証のポイントという観点から大まかに四つに分けて、本論を概観する。

第一は、影響関係の有無を論点とした議論である。ディケンズは『ジェイン・エア』を読んだことを強く否定していたが、創作行為が自己形成の核になっているという点で『デイヴィッド・コパーフィールド』との共通点が見逃せない(Ⅰ・新野緑)。マードックもシャーロット・ブロンテに言及していないが、小説『ユニコーン』は、家庭教師の視点を通して読者を屋敷の謎へ誘うという型や、監禁と自由のテーマなどの共通点があるため、『ジェイン・エア』の影響を受けているはずだ(Ⅲ・田村真奈美)。また、ロレンスがエミリの『嵐が丘』の表現や描写をどの程度取り入れたかは不明だが、『カンガルー』では、病室の場面が酷似していることをはじめ、見逃せない共通点がある(Ⅲ・山内理惠)といったように、影響の可能性が指摘される。

第二は、ブロンテの影響があることを出発点としたうえで、他の作家がいかに独自の文学へと発展させているかを比較考察した議論。まず、主として類似点を強調した論考としては、『ヴィレット』に夢中になったジョージ・エリオットが、この作品のテーマと技法を取り入れて、独自の小説『ダニエル・デロンダ』へと発展させたことを検証したもの(Ⅰ・天野みゆき)、カズオ・イシグロが『日の名残り』において『ジェイン・エア』から学んだ「語り手が語らぬことを会話の相手に暴かせる」手法を、また『遠い山なみの光』において『ヴィレット』から学んだ「信頼できない語り手」の手法を継承し発展させたとする秀逸な議論(Ⅲ・長柄裕美)がある。次に、主として相違点に力点を置いたものを挙げる。シャーロットの友人メアリ・テイラーは、文学史上は軽視されているが、その小説『ミス・マイルズ』は、ジェンダー観や階級観等において、『シャーリー』よりも大きく一歩踏み出した作品であると評価する議論(Ⅰ・大田美和)は明快である。アメリカ作家オルコットは、愛読書『ジェイン・エア』のパロディとして、悪女を主人公とした煽情小説「仮面の陰で」や、ジェインよりもさらに〈新しい女〉が登場する『仕事』を書いたという指摘(Ⅰ・木村晶子)は、新鮮である。ヘンリー・ジェイムズは、シャーロットを辛辣に批判したが、『ねじの回転』において、『ジェイン・エア』をパロディ化することによって創造的な模倣を行っていて(Ⅱ・惣谷美智子)、他方、デュ・モーリアの『レベッカ』は、結婚で始まり、異国における夫婦の流浪生活に終わる閉塞感と喪失感に満ちた物語で、『ジェイン・エア』と逆方向のベクトルが働いた陰画であるとする議論(Ⅱ・岩上はる子)は、共に味わい深い。河野多惠子の『戯曲 嵐が丘』を取り上げ、自然と文化が合体した〈食べる〉行為、自然に生えるが加工を迫られる〈髪〉、髪に似た形状を持つ人工物〈糸〉に着目した議論(Ⅳ・川崎明子)では、本戯曲が原作『嵐が丘』以上の神話性を帯びていることが見事に指摘される。水村美苗の『本格小説』では、美苗と名乗る語り手が、『嵐が丘』を模倣することから出発して、独自の私小説を生み出す日本近代文学の歴史を再現していると主張される(Ⅳ・奥村真紀)。

第三に、一見ブロンテ作品とは、別個の作品のように見えるが、意外なところで間テクスト性があることを指摘する議論。たとえば、ブロンテ姉妹と同時代に生きたジューズベリー姉妹の姉マライアの『三つの物語』、妹ジェラルディーンの『異母姉妹』が、フランスのスタール夫人の小説『コリンナ』へのオマージュとして捉えられるという点で、シャーロットの『シャーリー』と共鳴し合っているという指摘は独創的である(Ⅰ・皆本智美)。アニータ・ブルックナーの『秋のホテル』は、女主人公が既婚者との恋愛や、愛のない結婚を申し込まれて踏み留まる点など、『ジェイン・エア』との共通点があるが、最後に彼女の帰りを待つロチェスタ的人物が不在で、伝統的な価値観が転覆されているという指摘も興味深い(Ⅲ・小田夕香理)。そのほか、『ジェイン・エア』が不幸のどん底から這い上がり、安住の地を見つける自己実現の物語であるのに対し、イーヴィリン・ウォーの『一握の塵』は、幸福の極みからひきずり降ろされてすべてを失う戯画物語であるという比較(Ⅲ・江﨑麻里)、ラフカディオ・ハーンは父親がアイルランド出身である点でブロンテ姉妹と共通するため、『雪女』などに『嵐が丘』の影響の跡が見られること(Ⅳ・真鍋晶子)、樋口一葉とシャーロットは、片親を喪失し自立を切望したという経歴上の共通点があるため、その作品『大つごもり』と『ジェイン・エア』では、ともに作者自身の姿がヒロインに投影されていること(Ⅳ・金丸千雪)を指摘したものがある。

第四は、ブロンテ作品の主人公とは別の人物に焦点を置き、原作に他の角度から光を当てた作品を評価した議論。たとえば、ジーン・リースによる『サルガッソーの広い海』は、『ジェイン・エア』において尊厳と言葉を奪われたクレオール人バーサ・メイソンの立場から物語を書き直したもので、出発点は西インド出身の作者の怒りであったとされ(Ⅱ・市川薫)、エマ・テナントの『アデール』は、ロチェスタの愛人であったフランス人ダンサーの娘アデールを中心にした物語で、女性にとっての幸福とは何かという問題を改めて提起しているとされる(Ⅱ・木梨由利)。エセル・カーニー・ホールズワースの『フォー・ゲイツのヘレン』は、『嵐が丘』の第二世代のヘアトンとキャシーを再創造し、労働者階級の男女の欲望をめぐる物語へと変容させたものであると指摘される(Ⅳ・市川千恵子)。

以上の概観からも明らかなように、取り上げられている作品は、圧倒的にシャーロットの『ジェイン・エア』に集中している。それは、これまで最も〈めぐりあい〉の機会に恵まれてきたテクストが、『ジェイン・エア』であることを、如実に示している。しかし、それに次ぐエミリの『嵐が丘』のほか、シャーロットの他作品、そしてここでは姿を現さなかった三人目の姉妹アンの作品もまた、今後のさらなる〈めぐりあい〉を待っていることを暗示しているとも言えるだろう。
この記事の中でご紹介した本
めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響/春風社
めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響
著 者:惣谷 美智子
編集者:岩上 はる子
出版社:春風社
以下のオンライン書店でご購入できます
「めぐりあうテクストたち ブロンテ文学の遺産と影響」出版社のホームページはこちら
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