バルトン先生、明治の日本を駆ける  近代化に献身したスコットランド人の物語 書評|稲場 紀久雄(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年12月9日 / 新聞掲載日:2016年12月9日(第3168号)

バルトン先生、明治の日本を駆ける  近代化に献身したスコットランド人の物語 書評
第一人者による研究の成果 念入りな調査による適切な解説

バルトン先生、明治の日本を駆ける  近代化に献身したスコットランド人の物語
出版社:平凡社
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明治以降の日本の近代化に、イギリス、オランダなど、欧米の技術者の献身的貢献による点は多い。上下水道の分野では、一八八六年(明治一九)帝国大学工科大学にイギリスから招聘が決定し、翌明治二〇年、帝大土木工学科衛生工学担任としてアメリカ経由で来日したW・K・バルトン[一八五六年(安政三)~一八九九年(明治三二)]の影響はきわめて大きい。明治一九年には、未曾有のコレラ大流行によって、東京では患者十五万人、死者十一万人にも達し、上下水道など衛生施設の整備は急務であった。それに応じたバルトンは明治二一年には大噴火した磐梯山調査、明治二四年には、濃尾大地震(全壊焼失約一四万戸、死者約七二〇〇名)被災地調査などさまざまな問題に取り組むこととなった。また、東京のランドマークとなった日本最初のタワー、浅草十二階(凌雲閣)の設計を指揮、写真家として当時の日本人の生活、たとえば井戸の側で水遊びをする子供たちをはじめ、相撲に強い興味を抱き、横綱の結び方、土俵入りなどの写真集『日本の力士と相撲』を出版、親友ジェームズ・マードックの著書の挿絵写真を引き受け、芸者さんのお座敷舞いの“連続写真”(動く映像への先駆け)を提供するなど、日本での生活を楽しんだようである。

上下水道の発展に著しく貢献する一方、日本人の生活に暖かい眼差しを向けたバルトンは衛生工学界の人々から、尊敬の的となった。二〇〇六年五月には、バルトン生誕一五〇周年記念事業が東京都庭園美術館において盛大に挙行された。その基調講演は東大名誉教授藤田賢二(記念事業企画実行委員長)、また、“バルトンの夢”と題して、その生涯について、稲場紀久雄大阪経済大学教授が、バルトンの少年時代からロンドンでの活躍、来日経緯、その家族、日本への多面的寄与を熱意を籠め、それまでの研究を踏まえた詳細な報告を発表した。その締めの言葉は“バルトンは、悠久の生命を生き、あとに続く私たちに「よき人生を」と夢を語り続けています。”この重い結びは、ずっと“バルトンの業績と日本への誠意”を深い親しみと愛情を持して研究し続けている稲場教授ならではの魂の叫びである。

バルトンへの稲場教授の愛情は深く、その業績に関する研究に関して、教授の右に出る研究者は居ないであろう。その稲場教授がこの度、『バルトン先生、明治の日本を駆ける―近代化に献身したスコットランド人の物語』(平凡社)を出版した。すでに、『都市の医師―浜野弥四郎の軌跡』(水道産業新聞社、一九九三)によって伝記を出版した稲場教授は伝記において、個人の人間性とその活躍の社会的背景を画く筆力は、高く評価されており、今回のスコットランド人バルトン先生の物語は、一層念入りな調査と、個々の業績の社会的背景の適切な解説が光っている。

すなわち、日本国内においては、まず東京の青山霊園のバルトンの墓碑を丁寧に観察、次いでバルトンの孫、鳥海たへ子さんを訪ね、貴重な史料に接している。曾孫、玄孫、スコットランドの親族など、可能な限り多くの親族に会い、バルトンに関する重要情報を入手。大学のサバティカル(長期海外研究許可)の機会に二〇〇五年四月から五ヵ月間バルトンの母国イギリスでの足跡調査を実施している。

一八九六年、香港でペストが流行した。台湾へのペスト襲来を危惧した内務省は、バルトンを台湾に派遣した。彼は浜野弥四郎を伴なって、抗日ゲリラが跳梁し、衛生状態が極めて悪い台湾で奮闘する。台湾衛生改革に関する稲場教授の解説はきわめて詳細にして適切、客観的視野に徹すると共に迫力に富んでいる。

一八九九年(明治三二)、英国への休暇帰国直前、バルトンは四三歳で急逝、本書には、さらにバルトンの妻満津、娘多満についても多く記されている。

生誕一五〇周年記念事業が民間側の意思で実現したことを誇りとする稲場教授は、没後一〇七年目にバルトンを何等かの形で故郷エディンバラに帰還させる行事を企画した。記念碑はバルトンが青少年時代を過ごしたナビア大学構内クレイグ・ハウスの前庭に建てることとした。記念碑は、石材加工技術の伝統が評価されているスコットランドで製作し、エディンバラで最も高名な製作者が担当した。碑石は高さ約一五〇cm、幅約五〇cm、台座は高さ六五cm、幅一〇〇cm、その最上部に“深甚なる感謝を込めてW・K・バルトンに捧げる”と刻まれ、その下にバルトンのレリーフがおかれた。

青山霊園にバルトンの墓碑を求めて始まった稲場紀久雄教授の力作は、スコットランドの記念碑で厳そかに閉じている。
この記事の中でご紹介した本
バルトン先生、明治の日本を駆ける  近代化に献身したスコットランド人の物語/平凡社
バルトン先生、明治の日本を駆ける  近代化に献身したスコットランド人の物語
著 者:稲場 紀久雄
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
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