常設展示室 書評|原田 マハ(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

原田マハ著『常設展示室』

常設展示室
著 者:原田 マハ
出版社:新潮社
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常設展示室(原田 マハ)新潮社
常設展示室
原田 マハ
新潮社
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 誰にでも、お気に入りの絵が1つはあるのではないだろうか。私はフレデリック・レイトンの『灼熱の6月』という作品が好きだ。手すり越しに夕日で金色に輝く海を背景に、夕焼けのようなオレンジ色のドレスを着た女性が眠っている作品だ。女性のドレスと後ろの夕方の海の色が呼応するようで、見ていてとても穏やかな気持ちになる。

本書の著者の原田マハは、ニューヨーク近代美術館をはじめ多くの美術館でキュレイターとしての勤務経験があり、『楽園のカンヴァス』、『たゆたえども沈まず』といった絵画をテーマにした小説を手掛け、アート小説の第一人者と呼ばれている。他にも『本日は、お日柄もよく』『総理の夫』など人間ドラマが主題の小説もある。

本書は、絵画と人間ドラマが組み合わさった全6話からなる短編集である。主人公は20代~40代の女性たち。美術に携わる仕事をしている人も、絵画に無頓着な人もいる。しかし年齢も職業も違う女性たちが、それぞれ悩みを抱えて美術館を訪れ、そこで1枚の絵画に出会うことで、前向きになったり新しい発見があったりと、気持ちが変化していく共通点がある。

収録されている中で私が特に気に入っているのは「豪奢 Luxe」という話である。子どもの頃からアンリ・マティスの作品が好きだった下倉紗季は、大学時代にたまたま通りがかった現代アートのギャラリーに心を惹かれ足繫く通うようになる。そしてそのギャラリーの社長に気に入られ、紗季は入社が決まる。

入社から1年半たったある日、紗季は商談でIT起業家の谷地哲郎と出会う。彼は、紗季が10億円をこえる作品を勧めるとあっさりと購入を決めた。その後、紗季と谷地は交際を始めるが、谷地は妻子がいながら気に入った女性を何人も囲い、紗季もそのうちの一人だった。谷地は一流ブランドの洋服やバッグなどをプレゼントすることで、愛情を目に見える豪奢な形として表現した。紗季は谷地の愛情に流され、ついに勤めていた会社を退職する。

私が特に共感したところは、紗季がパリの美術館でマティスの絵画と出会う場面である。

関係がこじれてしまった谷地から久々に連絡を受け、パリに行こうと誘われた紗季。しかし、パリのホテルに届いたのはドタキャンの連絡。紗季は一人、美術館へ行く。

そこで、マティスの『豪奢』を目にする。その絵には水辺の中心にヴィーナスが誕生し、寄り添うように2人の女性が祝福をしている光景が描かれている。『豪奢』という題名ではあるが、作品には贅沢さや派手なものは描かれていない。「この世でもっとも贅沢なこと。それは、豪華なものを身にまとうことではなく、それを脱ぎ捨てることだ」と、紗季は画家の真意を思う。

かつて私も、贅沢なことといえば一流のブランド品を身に着けたり、お金を持っていることだと思っていた。しかし、この一文に逆に豪華とは無縁であることが本当の幸せなのだと感じられた。豪華なものは人を幸せな気持ちにしたり、自分の財力を証明することができるが、それは一瞬に過ぎない。たとえ宝石をたくさん持っているからといって必ずしも幸福な気持ちが永久的に続くとは限らないからだ。そのような一瞬の幸せより、貧しくても、家族や友人といったお金では買えない愛情や信頼に恵まれているほうが人を幸せにしてくれるのではないかと思われる。

この『常設展示室』には、アート小説を得意とする原田マハによる、詳細な絵画描写があり、まるで自分も美術館でその絵を鑑賞しているかのような気分になる。それぞれの話を読むたびに絵画を知ることができ、絵を知ることを通じて、新しい考えと出会うができる。

すべて読み終わると、絵画の知識も身に付き、価値観も変えることができる。私もそうした読者のうちの一人である。
この記事の中でご紹介した本
常設展示室/新潮社
常設展示室
著 者:原田 マハ
出版社:新潮社
以下のオンライン書店でご購入できます
「常設展示室」出版社のホームページはこちら
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