現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。 書評|吉岡 乾( 創元社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。 書評
秘境言語研究者がボヤキ節で語るガチ格闘記

現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。
著 者:吉岡 乾
出版社: 創元社
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 三年前、私は、パキスタン、インド、中国の三国がせめぎあい、国境線がまだ確定していないがとりあえずパキスタンが実効支配しているフンザという谷を訪れた。ここはインダス川源流と七千メートル級の山々が織りなす絶景で知られ、かつては「桃源郷」と呼ばれた。宮崎駿監督自身は否定しているが「風の谷のナウシカ」の舞台はここがモデルだという根強い噂もある。住民はイスラム教のイスマーイール派。女性は髪を覆わない人が多く、男女でふつうに話をしたりもする。極めてユニークな土地だ。

私のお目当てはしかし、上のいずれでもなく、現地の住民ブルショ人が話すブルシャスキー語。他のどの言語とも関係が確認されていない「孤立言語」とされている。謎好きで言語好きな私は、一体どんな言語なのか知りたいと思い、三週間ほど言語学者の真似事をしていた。テキストも辞書もないので、知り合いになったトレッキングガイドの人に単語やフレーズや例文を習い、文法や発音を見出すなんてことをやっていた。ところが、これは想像以上に困難な作業だった。

単語や例文をきいていっても相手は三十分もすると飽きてしまうし、谷は三日もすれば、全部歩けてしまうほどのサイズで、いくら絶景でもすぐ見飽きてしまう。中途半端に観光地化されているため、村はゴミが目立ち、車の騒音や排気ガスもひどい。伝統食が廃れ、パキスタン化された食べ物も正直言ってイマイチ。そして、なによりも肝心のブルシャスキー語自体がなんというか……言いにくいのだが、思ったほど個性的でない。

ふつうの旅行者ならさっさと別の場所へ移動するのだが、言語をやっているとそうはいかない。他にブルショ人の住む谷が二つあるが、方言差が予想されるので、学習にさしつかえる。それ以外の場所はそもそもブルシャスキー語が話されていないので論外。地元の人に無理強いして、退屈で不便で疲れる村で言語を学び続ける意味は何なのか考えて眠れないこともあった。

「こんなところでノボルさんはどうやって言語調査をしてるんだろう?」と畏敬の念で何度もため息をついた。私がブルシャスキー語を習ったり喋ったりしていると、地元の人に「ノボルはすごいぞ」などとよく聞いた。ノボルとはブルシャスキー語(と周囲のいくつかの言語)を研究する言語学者の吉岡乾さんである。私は趣味で三週間滞在しているだけだが、吉岡さんは毎回何ヶ月も滞在し、それを十数年も繰り返しているのだ。

その疑問の答えが本書である。が、「現地嫌い」で「出かける前からはやく日本に帰りたいと思っている」とはびっくりだった。というか、フィールド系研究者が「自分はフィールドが嫌い」と明言する本なんて初めて見た。吉岡さんは稀にみる率直な人なのか、恐ろしくひねくれた人なのか、それもよく分からないのだが、ある意味ではこれほどリアルでガチな研究者の格闘記も珍しい。吉岡さん独特のボヤキ節がまた面白くて、逆にフンザ谷が魅力的な場所のように思えてくるのも不思議。また行ってみたくなってしまった。
この記事の中でご紹介した本
現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。/ 創元社
現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。
著 者:吉岡 乾
出版社: 創元社
以下のオンライン書店でご購入できます
「現地嫌いなフィールド言語学者、かく語りき。」出版社のホームページはこちら
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