鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として 書評|歌代 幸子( 中央公論新社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年10月12日 / 新聞掲載日:2019年10月11日(第3310号)

鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として 書評
鏡の中に時代を駆け抜けた戦士の背中
出会う者を包み込む「ちひろ」の人間力が、確かな像に結ばれて

鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として
著 者:歌代 幸子
出版社: 中央公論新社
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 「いわさきちひろ」が、五十五歳で亡くなったと本書で知って、「えっ、そんなに早くに!」と、驚いた。没後四十五年、いまだ、「いわさきちひろ」の作品は、目に触れる機会が少なくなく、過去の人と思えない生き生きとした感動を伝えてくれて、いつも身近にいるような感覚のままに過ごしていた。

『鏡の中の』と、著者はタイトルに掲げた。

ひちろは、仕事机に鏡をおいていた。どんなときに、鏡の中の自分に向き合って、語りかけていたのだろう。著者は、鏡の奥の奥に潜む「自画像」を探って書き始めるが、取材した証言によって生き生きと再現される「ちひろ」像は、関わった他者という鏡に映る姿として完成している。

自分の意思に反して結婚した相手が自殺するという出発点の齟齬は、「本当の自分」と「他者に映る自分」との大きな隔たりにあった。その溝を埋める闘いを、「ちひろ」は人生に課したのだろうと思うほど、作品に潜む激しさが、伝わってくる「評伝」である。

二度の満州体験は「負の記憶」だが、敗戦によって「自分の意思」を行動に移した共産党への共鳴、入党、そして勉強会で「あるがままの自分」でいられる生涯の伴侶、松本善明と出会って結婚した。七歳年下の善明は弁護士として活動し、やがて国会議員になる。「ちひろ」は溝を飛び越えて大転換したのだった。

共産党活動、国会議員の妻、母そして画家としての日常は、やがて両親や義母を引き取る大家族の中で、童画家から絵本作家へと成長していく。「ちひろ」はどれもそのまま受け入れて、前へ前へと進んでいった。

アンデルセンへの憧憬を読者の夢とともに海外に広げ、遺作となる小川未明作品の絵は「すさまじいまでの気迫がみなぎている」と著者は記した。「ちひろの世界」は世界に、過去へと観る者を連れ出して、癒していった。

足跡を追っていた著者の筆先が熱を帯びてきた「第六章」は、編集者たちとの交流のなかで、自分の絵を描くことを守っていく「ちひろ」への応援歌である。

第七章に登場する、住み込み女性の不登校の娘に「ちひろ」は家族のように寄り添い、ときに学校にも付き添ったが、校舎に入らない娘と一緒に校庭で過ごした時間をその娘は忘れずに、不登校から抜け出して、現在は児童・障がい者福祉施設を運営している。「おばちゃん」を思い出しながら。作品のように出会う者を包み込んでしまう「ちひろ」の人間力が、確かな像に結ばれて伝わってくる。

おおらかに見えながら、鏡の中で自らを励ましていたのだろうか、のぞきこんでみれば、時代を駆け抜けた戦士の背中が映し出される「ちひろ」だ。

そして一九七四年八月八日に、「ちひろ」は肝臓がんで世を去った。末期まで気づかなかった闘病だった。昨年十二月、生誕百年を迎えた。完璧なほどに、中身の濃い伝記なので、年譜があれば、いっそううれしかった。
この記事の中でご紹介した本
鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として/ 中央公論新社
鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として
著 者:歌代 幸子
出版社: 中央公論新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「鏡の中のいわさきちひろ 絵描きとして、妻として、母として」出版社のホームページはこちら
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